樹里ちゃん、誕生日をお祝いされる
御徒町樹里はの本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は十一月二十七日。樹里の誕生日です。
通常、二十代が終了して三十代に入ると、多くの女性が、
「幾つだとか聞かないで」
そんな事を言って年を誤魔化そうとしますが、
「三十回目ですね」
樹里は全く気にせず、笑顔全開で言いました。
「おめでとう、樹里」
不甲斐ない夫の杉下左京が言いました。
「ありがとうございます、左京さん」
樹里は笑顔全開で応じました。
「ママ、おたんじょうびおめでとう!」
長女の瑠里と次女の冴里が口を揃えて笑顔全開で言いました。
「おめでとう!」
三女の乃里も笑顔全開で言いました。
四女の萌里は樹里にベビースリングで抱かれて眠っています。
「今夜はご馳走を用意して待っているから」
左京が言いました。全部実は○ーバーイーツに頼むのは内緒です。
「ううう……」
最終的には真相をバラしてしまう地の文のせいで項垂れる左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様と萌里様にはご機嫌麗しく」
そこへいつものように昭和眼鏡男と愉快な仲間達が現れました。
「お誕生日おめでとうございます、樹里様。我々からのほんのささやかなプレゼントです」
眼鏡男が大きなバラの花束を樹里に渡しました。
「ありがとうございます」
樹里は笑顔全開で受け取りました。そして、
「左京さん、お願いします」
召し使いに渡しました。
「召し使いじゃねえよ!」
実は正しい事を言ったはずの地の文に切れる左京です。
(俺だって、凄いプレゼントを用意しているんだからな)
左京はドヤ顔で眼鏡男を見ました。
眼鏡男は何故左京がそんな顔をするのかわからず、首を傾げました。
「では、行って参ります」
樹里は笑顔全開で眼鏡男達に囲まれて駅へ向かいました。
「行ってくるね!」
続いて瑠里が集団登校で出かけました。
そして最後に、左京が冴里と乃里を連れて保育所へ向かいました。
(樹里って若いよなあ。とても三十歳には見えない)
左京は樹里の綺麗さに二ヘラッとしました。
「パパ、キモい」
冴里が言いました。
「キモい」
乃里も言いました。
「ううう……」
左京はがっくりと項垂れました。
そして、樹里は特に何事もなく、五反田邸に到着しました。
「お誕生日おめでとうございます、樹里さん」
警備員さん達が誕生日のお祝いとして、細長い箱に入った鞭をプレゼントしました。
「違います!」
捏造を繰り広げる地の文に切れる警備員さん達です。
「護身用の警棒です。暗くなると光ります」
警備員さんが言うと、
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開でそれを受け取りました。
「樹里さん、お誕生日おめでとうございます」
そこへ目黒弥生が走ってきて言いました。
どうやら手ぶらのようです。
「違うわよ!」
名推理を展開した地の文に切れる弥生です。
「樹里さん、お誕生日プレゼントです」
弥生は樹里に香水を渡しました。
もしかして、今流行りのどら焼き&合羽橋の香水ですか?
「どこの香水よ!」
見当外れの事を言った地の文に切れる弥生です。
「ありがとうございます」
樹里は笑顔全開で受け取りました。
樹里はアクセサリーも香水も使わないのに何も知らないのでしょうか?
「キーッ!」
嫌がらせのように呟いた地の文に切れて叫ぶ弥生です。
「左京さんとのデートの時に使ってください」
弥生は苦笑いをして言いました。それはモラハラですか?
「そんなつもりはないわよ!」
続けざまに嫌味を言う地の文に涙目で切れる弥生です。
「はっ!」
我に帰ると、樹里はすでに玄関を入っていました。
「樹里さん、今日はあちこちからプレゼントが届く予定ですう!」
泣きながら走る弥生です。
樹里と弥生が庭掃除を終えて玄関に戻って来た時、
「ヤッホー、樹里!」
前回に引き続いて登場した松下なぎさです。
「おはようございます、なぎささん」
樹里は笑顔全開で応じましたが、なぎさが嫌いな弥生は舌を出しました。
「出してないわよ!」
慌てて否定する弥生ですが、嫌いなのは本当のようです。
「やめてえ!」
涙ぐんで地の文に懇願する弥生です。
「樹里、誕生日おめでとう。今日は栄一郎に海流と紗栄を頼んできたよ」
なぎさは何故かドヤ顔で言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じましたが、弥生は顔を引きつらせました。
「それから、これ、誕生日プレゼントね」
なぎさはまるで樹里にプロポーズするようにケースに入った指輪を差し出しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開ですが、弥生は石化しそうです。
(どういうつもり?)
弥生はなぎさの思考が理解できません。
「ありがとうございます」
「付けてみて」
なぎさが催促しました。すると、樹里の指にはサイズが合わず、ブカブカでした。
「あれ、合わないね。おかしいな、私はピッタリだったんだけど」
なぎさのその言葉に弥生は完全に固まりました。
「あ、間違えた。それ、私の指輪だった!」
テヘッと笑うなぎさです。
「ちょっと返して」
なぎさは樹里から指輪を返してもらうと、
「こっちだった。樹里にはアンクレットをプレゼントするんだった」
別の箱を出して樹里に渡しました。
(俗説だけど、アンクレットって奴隷の左足首に付けたものなので、『貴方は私の奴隷』とかいう意味を持つって聞いた事がある)
嫌な汗が出てくる弥生です。
「そうなんですか。ありがとうございます」
樹里はそういう事には全く関心がないので、笑顔全開で受け取りました。
「私、すぐに家に帰らないといけないから!」
なぎさはそのまま駆け去ってしまいました。弥生は唖然としました。
(ダメだ、やっぱりあの人、無理)
改めてなぎさの「怖さ」を知った弥生です。
その後、樹里宛に届いたプレゼントは、まとめて自宅へ送ってもらうように手配をし、樹里は帰宅しました。
「只今帰りました」
樹里が玄関に入ると、
「お帰り!」
真っ先に左京が現れました。瑠里達は飾り付けをしているようです。
「樹里、少し早いけど、結婚十周年の記念も兼ねて」
左京はケースに入った指輪を出しました。
左京に指輪が買える訳がありません。どこで盗んできたのでしょうか?
「盗んでねえよ! 買ったんだよ!」
かなり切り込んだ事を言った地の文に切れる左京です。
「ありがとうございます、左京さん」
樹里は大粒の涙を両目からポロポロこぼしました。
そして、娘達が来ないのを見計らって、キスをしました。
めでたし、めでたし。




