樹里ちゃん、シャーロット・ホームズに別れを告げられる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
しかし、現在樹里は四女の萌里を出産したので、産後休暇中です。
「おはようございます」
そこへいきなり不甲斐ない夫の杉下左京の元の不倫相手のシャーロット・ホームズが門扉を抜けて現れました。
「違います!」
地の文に素早く切れるシャーロットです。
「おはようございます」
樹里は笑顔全開の授乳全開で応じました。
(私より大きい……)
樹里のマショマロを見て落ち込むシャーロットです。
「ヒイイ!」
後から庭に出てきた左京がシャーロットを見て悲鳴をあげました。
「ワンワン!」
ゴールデンレトリバーのルーサが吠えましたが、シャーロットに睨まれてハウスに戻りました。
北○の拳の○ンシロウもびっくりです。
「しばらくです、樹里さん、左京さん」
シャーロットは作り笑顔で言いました。
「しばらくです」
樹里は笑顔全開で応じましたが、左京は引きつり全開です。
「立ち話では何ですから、中へどうぞ」
樹里はあっさりとシャーロットを家に入れました。
項垂れ全開になる左京です。
(何しに来たんだ、ホームズさんは?)
左京はにこやかに話をする樹里とシャーロットの後ろから歩いて行きました。
「どうぞ」
樹里はテキパキと行動し、眠った萌里をベビーベッドに寝かせると、リヴィングルームのソファに腰をかけたシャーロットに温かい紅茶を出しました。
「ありがとうございます」
シャーロットは会釈をしました。左京は怯えたように部屋の片隅に立っています。
樹里が向かいのソファに座ると、シャーロットが口を開きました。
「実は、帰国する事になりました」
シャーロットは真顔で言いました。
「え?」
左京は驚いてシャーロットを見ました。
俺を捨ててイギリスに帰ってしまうのか? 涙ぐむ左京です。
「やめろ!」
やや当たっているので、動揺しながら地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「ドロントを遂に捕まえる事ができないまま、帰国するのは悔しいのですが、これ以上日本にいても何もいい事はありませんので」
シャーロットは自嘲気味な笑みを浮かべて、樹里を見ました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開で応じました。シャーロットは周囲を見渡してから、
「水無月皐月さんはご不在ですか?」
樹里は笑顔全開で、
「水無月先生はご結婚されまして、住み込みから通いになりました」
皐月が結婚したという情報はシャーロットには入っていなかったようです。
「そうなんですか」
複雑な表情で応じるシャーロットです。そして、ハッとしました。
「もしかすると、霜月翔という男性とですか?」
シャーロットは皐月の夫の翔と会った事があるのを思い出しました。
「そうです」
樹里は尚も笑顔全開で応じました。シャーロットは身を乗り出して、
「今はどちらにお住まいなのでしょうか?」
左京はその言葉にギクッとしました。
(まさか、まだ諦め切れていないのか?)
すると樹里は、
「霜月さんのマンションだそうです」
シャーロットはとうとうテーブルを乗り越えて樹里に近づき、
「住所は?」
「それは聞いていません」
樹里が笑顔全開で告げると、
「そうですか……」
シャーロットは項垂れてソファに戻りました。
「ホームズさん、もうドロントを追うのは諦めたのではないのですか?」
左京が生意気にも口を挟みました。
「うるさい!」
正論を述べたはずの地の文に切れる左京です。
「諦めました。でも、気になってしまうんです」
シャーロットは潤んだ目で左京をジッと見ました。
「そ、そうですか」
ビクッとして身を引く左京です。
「水無月先生はもうすぐいらっしゃいますから、お聞きになったら如何ですか?」
樹里は全く悪意なく言いました。左京はギョッとし、シャーロットはハッとしました。
「そうなんですか」
元不倫相手同士、見事にハモッて応じる左京とシャーロットです。
「不倫相手じゃありません!」
「違う!」
二人は揃わないように別の言葉で地の文に切れました。
しばらくして、水無月皐月が来ました。皐月はシャーロットがいる事に驚きもせず、
「しばらくぶりですね」
冷静に挨拶をしました。
「はい……」
シャーロットは俯いて応じました。何故かというと、皐月が阿呆みたいに幸せオーラ全開だったからです。
目尻は下がり、口元はだらしなく緩んでいます。
(私はこんな女を捕まえようとしていたの?)
シャーロットはショックを受けていました。
「ホームズさんは帰国なさるそうです」
左京が言いました。
「ああ、そうでしたか」
皐月はだらしない顔のままで応じました。
「お世話になりました」
シャーロットは頭を深々と下げると、サッとリヴィングルームを出て行きました。
「ああ、ホームズさん」
左京が追いかけました。しかし、皐月はもちろん、樹里も追ってきません。
(冷たい連中だな)
左京は呆れましたが、玄関を出て行こうとしているシャーロットに声をかけました。
「ホームズさん、またいつでも日本に来た時は顔を見せてください」
シャーロットは一瞬動きを気を止めましたが、振り返る事なく、
「失礼します」
ドアを開いて出て行ってしまいました。左京は溜息を吐くと、リヴィングルームに戻りました。
「シャーロットはどんな様子でしたか?」
何故か先程とは全く違う真顔で、皐月が尋ねました。
「寂しそうでしたよ」
左京は皐月の変貌に呆気に取られながらも、非難めいた口調で言いました。
「これでようやく、シャーロットは独り立ちできますよ」
皐月が晴れ晴れとした顔で言ったので、
「ええ? どういう事です?」
左京はバカなのでチンプンカンプンです。
「やかましい!」
正しい事を言ったはずの地の文に切れる左京です。
「シャーロットは父親であるモーリー・ホームズの仇討ちばかり考えていて、以前の鋭さを失っていました。餞別として、それを治してあげたかったんです」
皐月の言葉に左京はあっとなりました。
「ドロントを追いかけるより、イギリスでもっといい仕事をして欲しかったんですよ。左京さん、私を冷たい女だと思っていたでしょう?」
皐月はニヤリとして訊きました。左京はビクッとして、
「い、いや、そんな事はないですよ」
皐月はクスッと笑って、
「樹里さんにも協力してもらったんです。シャーロットが来たら、冷たくあしらってくださいって」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
(何だよ、俺だけ蚊帳の外かよ)
不貞腐れる左京です。
めでたし、めでたし。




