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樹里ちゃん、産休を取る

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 先日、樹里は四女の萌里を出産し、産休を取りました。


 樹里は出勤すると申し出たのですが、


「樹里さんが休んでくれないと、他の社員達が困るから、きちんと産休を取ってくれないか」


 五反田氏に説得され、


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で休暇を取りました。


 こうして、樹里は産後八週間の休暇に入りました。


「有給休暇ですから、大丈夫ですよ」


 樹里は笑顔全開で無職の夫に言いました。


「無職じゃねえよ!」


 仕事がないだけだと言い張る不甲斐ない夫の杉下左京です。


(樹里には悪気はないんだ……)


 有給休暇だと強調されたのがつらい左京です。


 だったら、もっと仕事を探せと言いたい地の文です。


「かはあ……」


 強烈なアッパーを食らった気がした左京が悶絶しました。


 ママが休みで次女の冴里と三女の乃里は大喜びですが、勉強を頑張らないといけない長女の瑠里は憂鬱全開です。


「パパ、おべんきょうてつだって」


 上目遣いに瑠里が言いました。


「いいよ」


 デレデレして応じる左京ですが、


「見てあげるだけにしてくださいね。教えるのは水無月先生ですから」


 真顔全開の樹里に言われ、


「そうなんですか」


 樹里の口癖で引きつり全開で応じるしかありませんでした。


 樹里は身体の調子は絶好調なので、ベビーベッドをリヴィングルームに置いて、家事をしながら、萌里の授乳もしています。


 冴里と乃里は後ろ髪を引かれる思いで保育所に知らないおじさんと行きました。


「知らないおじさんじゃねえよ、父親だよ!」


 定番の地の文のボケに切れる左京です。


「行ってきまーす!」


 瑠里はいつもよりも早く小学校へ行きました。ボーイフレンドのあっちゃんの家の近くまで行くのです。


 将来が心配な左京は瑠里の後を尾けていき、瑠里に怒られました。


「パパ、だいっきらい」


 半目で静かに言われたので、心臓が止まりかけた左京です。


(瑠里、怖い)


 瑠里は祖母の由里に似ていて、左京には普段は優しいのですが、こういう時は一番怖いと思った左京でした。


「左京さん、どこへ行っていたのですか? ルーサの散歩と食事を忘れていますね?」


 萌里をベビースリングで抱いた樹里に叱られました。


「すみません」


 左京は反射的に土下座をしました。


 左京は素早くルーサの散歩を終え、食事を与えると、自分の朝食をすませ、洗い物をして、洗濯物を干しました。


「行ってらっしゃい」


 樹里に笑顔全開で送り出され、左京は庭の向こうにある探偵事務所(倒産寸前)に向かいました。


「倒産寸前じゃねえよ!」


 地の文のモーニングジョークに切れる左京です。


 ああ、倒産しているのですね?


「違う!」


 更に切れる左京です。


「おはようございます」


 中の掃除をしていた住み込み家庭教師の水無月皐月が振り返って挨拶をしました。


「おはようございます」


 その優しい声に左京はつい涙ぐんでしまいました。


「どうしたんですか、左京さん?」


 皐月はドン引きして尋ねました。


「ああ、すみません、何でもないです」


 左京は慌てて涙を拭いました。皐月は苦笑いをして、給湯室へと歩いて行きました。


 左京は自分の机の引き出しを開けて、ありもしない依頼書を探しました。


「あるんだよ!」


 先回りした地の文に三つのA4サイズの茶封筒を掲げて切れる左京です。


(猫探しが二件と、庭木の手入れが一件か)


 とうとう便利屋のテリトリーを荒らし始めた左京です。


「庭木の手入れはクライアントへのサービスだよ!」


 自分はあくまでも(猫探し専門の)私立探偵だと言い張りました。


「かっこ書きは余計だ!」


 別に猫探し専門ではないのを主張したいようです。


「じゃあ、依頼人のところに行ってきます」


 左京は事務所を出ました。


「うん?」


 門扉のところから中の様子を伺っている三十代くらいの長身の男に気づきました。


(何だ?)


 左京はわざと男の視界から外れるように庭の隅を歩き、近づきました。


「どちら様ですか?」


 左京がフェンスの陰からいきなり声をかけたので、


「うわ!」


 男は驚いて逃げて行きました。


(ストーカーか?)


 元刑事の鈍い勘が働きました。


「鋭い勘だよ!」


 チャチャを入れた地の文に切れる左京です。


(にしても、誰を? まさか、瑠里や冴里や乃里じゃないだろうな?)


 心配性の左京は妄想を膨らませました。


「大丈夫ですよ、左京さん。あれは私に用があるバカですから」


 何故か顔を赤らめた皐月が言いました。


「え?」


 左京は皐月が恥ずかしそうにしているので、欲情しました。


「違うよ!」


 心理描写を的確にした地の文に切れる左京です。


「幼馴染です」


 消え入りそうな声で皐月が言いました。左京はハッとして、


「ああ、以前、長月さんが言っていた彼氏ですか?」


 すると赤面していた皐月がムッとして、


「彼氏なんかじゃありません!」


 大股で事務所に戻って行きました。


(よくわからない)


 左京は、皐月の感情の起伏が激しいのは、ドロント時代から知っていますが、さすがにちょっと驚きました。


 それ以上考えていると、クライアントとの約束の時間に遅れてしまうので、左京は慌てて駆け出しました。


 


 左京からお昼は外ですませると連絡が入り、樹里は皐月と二人で昼食を摂りました。


「可愛いですね。私も早く子供を産まないと、どんどん産めないゾーンに入ってしまいます」


 萌里を見て寂しそうに笑う皐月に、


「そうなんですか? 水無月さんは好い人がいると長月さんから聞きましたが?」


 樹里が笑顔全開で言ったので、


(ヌートにはちょっと話をしないと)


 長月葉月にお説教をしようと思う皐月です。


「好い人なんかじゃなくて、只の腐れ縁の幼馴染です」


 また顔が赤くなる皐月です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「ありささんと蘭さんは水無月さんより年齢が上の時に出産していますから、大丈夫ですよ」


 樹里が言いました。皐月は苦笑いしました。


(確かにそうだけど、私はまだその前の段階にも達していないから……)


 皐月はその時、つい腐れ縁のはずの幼馴染の顔を思い出しました。


「先程、その好い人がいらして、私に貴女の事を訊いてきましたよ」


 樹里の衝撃の発言に、皐月はキッチンに運びかけた食器を落としかけました。


「えええ!?」


 大声を出したので、眠っていた萌里が起きてしまい、泣き出しました。


「ああ、すみません!」

 

 それを見て皐月は動揺しました。


「心配要らないですよ」


 樹里は萌里を抱き上げると、おもむろに巨大なマシュマロを出して、授乳をしました。


(私も妊娠したら、あれくらいになるのかな?)


 別の不安がよぎり、自分の胸を見てしまう皐月です。


 


 めでたし、めでたし。

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― 新着の感想 ―
[一言] おや、いつの間にご出産。 そうなんですか。 ここもチェックしないといけません。あまりの変わりなさは夫だけですね。
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