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樹里ちゃん、四人目の子を出産する

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 樹里は今日も笑顔全開で出勤します、と思っていたら、いつもと様子が違います。


「樹里、大丈夫か?」


 今日は日曜日です。不甲斐ない夫の杉下左京が樹里を心配するふりをしています。


「ふりじゃなくて心配してるんだよ!」


 朝も早くからボケをかます地の文に切れる左京です。


「そうなんですか」


 樹里は少し笑顔が弱々しくなっています。すっかり忘れられているかと思いますが、樹里は臨月なのです。


 陣痛が唐突に襲ってきて、三人の女の子を産んだ樹里をもってしても、耐え難い痛みが押し寄せているのです。


「事務所は閉めて、病院まで乗せていくよ」


 さも仕事があるふりをした左京が言いました。


「かはあ……」


 鋭い地の文の一言に悶絶する左京です。


 そんなこんなで、左京は住み込みの家庭教師である水無月皐月に長女の瑠里、次女の冴里、三女の乃里を頼むと、樹里を助手席に乗せて、あの垂井たるいさんという樽のような看護師がいる病院に向かいました。


 皐月が病院に連絡してくれていたので、垂井さん以下スタッフが玄関前で待っていました。


 オタオタする左京を尻目に垂井さん達がテキパキと樹里を助手席から降ろし、車椅子に乗せると、あっという間に院内に入って行きました。


(速い……)


 左京はそれを唖然として見ていました。


「はっ!」


 左京は我に返ると、すぐさま中へ入って行きました。


 しかし、樹里の姿はどこにもなく、どちらへ行けばいいのかわかりません。


「ご主人、何をしているんですか! こっちですよ!」


 そこへ樽さんではなく、垂井さんが息を切らせて現れました。


「すみません!」


 左京は慌てて垂井さんの後に続きました。


「またか……」


 しかし、すでに樹里は出産を終えており、左京は立ち会う事ができませんでした。


「可愛い女の子ですよ、お父さん」


 垂井さんが教えてくれましたが、左京は樹里の妊娠を知った時からそれはわかっていました。


(御徒町一族には男の子は生まれないからな)


 若干の寂しさはありますが、全員樹里にそっくりなので、問題ないと思う左京です。


「樹里、お疲れ様」


 左京は分娩室に入ると、樹里をねぎらいました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「もう少し早ければ、瑠里と誕生日が一緒だったな」


 左京が赤ちゃんの顔を覗き込んで言うと、


「申し訳ありません。私もそうしたかったのですが、無理でした」


 樹里が悲しそうな顔で言ったので、


「ああ、そういう意味で言ったんじゃないから。誕生日が一緒だと、混乱するから、別の日の方がいいよ」


 左京は苦笑いをしました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「名前はもう考えてあるのか?」


 左京が尋ねました。樹里は左京を見て、


「はい。もり、です」


 左京はギクッとしました。「モーリー探偵事務所」と似ていたからです。


 不倫相手だったシャーロット・ホームズを思い出しているのです。


「不倫相手じゃねえし、思い出してもいなかったよ!」


 チャチャを入れるのが大好きな地の文に切れる左京です。


「字はどう書くんだ?」


 漢字が苦手な左京は難しい字だったら嫌だなと思いました。


「うるせえ」

 

 少しだけ当たっているので、切れ方がおとなしめの左京です。


「萌え出ずるの萌です」


 樹里は笑顔全開で言いました。


「そ、そうなんだ」


 左京は字を思いつけませんでした。やっぱり漢字苦手王です。


「王じゃねえよ!」


 苦手なのは認めて地の文に切れる左京です。


 樹里の母親の由里が姓名判断をしたのですが、「杉下萌里」だとよくないのですが、「御徒町萌里」だと最高なので、左京には黙っていようという事になったのは秘密です。


「うん?」


 こういう時には勘が鋭い左京が地の文の独り言に反応しました。


「左京さん」


 樹里はスタッフ達全員が分娩室から出て行ったのを見て、左京に声をかけました。


「何だ?」

 

 四人目の子の寝顔を見ていた左京が樹里を見ました。樹里は黙って目をつむっています。


「樹里、ありがとう」


 左京は樹里のさくらんぼのような唇にキスをしました。


「私こそ、ありがとうございます。左京さんと結婚できて、とっても幸せです」


 樹里が涙ぐんで笑顔全開になったので、


「それは俺もだよ」


 左京は目を潤ませて応じました。


 


「ママ、無事に赤ちゃんを産みましたって」


 皐月がスマホをしまいながら言いました。


「わーい!」


 瑠里と冴里と乃里は大喜びました。特に乃里は妹ができたのがとても嬉しいようです。


 三人は喜びのダンスをしました。乃里は瑠里と冴里が踊っているのを見て覚えてしまったようで、完コピしています。


 それを見た皐月は顔を引きつらせました。


(夢に見そうで怖い)


 夜が恐ろしくなる皐月です。


 


 樹里は病院に五泊するので、左京は一人で帰りました。そしてそのまま、モーリー探偵事務所に行きました。


「行ってねえよ!」


 壮絶な嘘を吐くのが生きがいの地の文に激ギレする左京です。


 左京が一人で帰ってきたので、お姉ちゃんになった娘達にあからさまにがっかりされ、ショックを受けました。


「パパがかえってきても、しかたないよね」


 その上、瑠里の呟きを聞いてしまったのです。左京は絶望しました。


(俺って一体……)


 自分の部屋にこもって体育座りする左京です。目が虚ろで怖いです。


 その時、ドアがノックされました。


「はい」


 虚ろな目のままで応じる左京です。ドアを開けて入ってきたのは、元不倫相手の皐月でした。


「元でも現在でもありません!」


 地の文の軽いジョークに切れる皐月です。


「瑠里ちゃんの言葉を真に受けないでください。子供は瞬間瞬間に生きていますから、もう忘れていますよ」


「はい」


 涙ぐんでいた目を拭って左京は立ち上がりました。それを見て皐月は苦笑いをしました。




「ママのかわりにパパがおとまりすればいいのにね」


 今度は冴里が呟いているのを聞き、立ち直れなくなりそうな左京です。


 めでたし、めでたし。

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