樹里ちゃん、左京に謝罪される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里はここ数日、不甲斐ない夫の杉下左京の様子がおかしいと思っています。
何かを言おうとしているのですが、
「何ですか?」
樹里が尋ねると、
「いや、何でもない」
苦笑いをして探偵事務所に行ってしまいます。
様子がおかしい夫とは早く離婚した方がいいと思う地の文です。
「やめろ!」
血の涙を流して地の文に切れる左京です。
そして、樹里達よりも早く家を出て、猫探しを始めています。
猫探しとは偽りで、シャーロット・ホームズと不倫しているのだと思う地の文です。
「断じて違う!」
シャーロットの理不尽なまでの積極さに大いに引いてしまった左京が全力で地の文の推理を否定しました。
確かに美人ですし、樹里よりももしかすると大きい胸ですが、その性格が怖いと思った左京です。
「胸の大きさは知らん!」
顔を真っ赤にして地の文に抗議する左京です。
(今度こそ、用心して過ごさないと、危険だ)
流石に不倫の達人の左京でも、シャーロットは論外のようです。
「不倫の達人じゃねえよ! K・Wと一緒にするな!」
某芸能人を引き合いに出して地の文に切れる左京です。イニシャルだと二人該当者がいると思う地の文です。
でも、樹里に謝罪もできないヘタレなのは事実です。
「くはあ……」
図星のど真ん中を突かれた左京は悶絶しました。
「左京さん」
元不倫相手の水無月皐月が声をかけました。
「違う!」
見事な程にハモって地の文に切れる左京と皐月です。
「樹里さんに謝罪をしていないのですか?」
ムッとした顔で皐月が言うと、
「はい……」
項垂れて応じる左京です。
「あの事は貴方の脇の甘さが招いたのですから、シャーロットが狡猾だったとしても、樹里さんに謝らないのはひどいですよ」
皐月は更に左京を追い込みました。昔、散々「貧乳」呼ばわりされた腹いせのようです。
「違います!」
素早く否定する皐月です。
「そうですね」
左京は項垂れたまま、家に戻って行きました。
「全く……」
それを見て溜息を吐く皐月です。
一方、樹里は無事に五反田邸に着いていました。
「では樹里様、お帰りの時にまた」
少なくなった台詞に愚痴一つ言わず、昭和眼鏡男と愉快な仲間達は立ち去りました。
「樹里さん、おはようございます」
そこへ目黒弥生がやって来ました。
「おはようございます」
樹里は笑顔全開で挨拶しました。
「樹里さん、もうすっかり体調はいいんですか?」
弥生は別の事が訊きたいのにそんな質問をしました。
「やめてよ!」
勘が鋭い地の文に切れる弥生です。
「はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
樹里は笑顔全開で言いました。
「って事は、左京さん、まだ謝っていないんですね?」
弥生は早速踏み込んだ事を訊きました。
「そうなんですか?」
樹里は首を傾げて応じました。何の事かわからないようです。
「目黒さん、ちょっといいですか?」
そこへ弥生の暴走を心配した住み込み医師の長月葉月が現れました。
「はい」
ギクッとして応じる弥生です。そして葉月に近づきました。
「また余計な事を訊いてないでしょうね?」
目を細めて葉月が尋ねました。
「嫌だなあ、葉月さん、そんな訳ないじゃないですかあ」
嫌な汗を掻きながら誤魔化そうとする弥生です。
「樹里さんが左京さんの口から聞くのが一番なのよ。貴女が先に樹里さんに話したりしたら、ややこしくなるでしょ」
尚も言い逃れようとした弥生に呆れ、溜息交じりにお説教をする葉月です。
「はい……」
しょんぼりして応じる弥生です。
「はっ!」
二人が嫌な予感がして樹里を見ると、すでに玄関を入っていました。
左京は事務所でコンコンと皐月に説教をされていました。
「シャーロットは元女優なんですと言いましたよね? 彼女は目的のためなら手段を選ばない合理主義者なんです。貴方にどんな事を言ったのかは知りませんが、常に警戒していないと、本当にどうなっても知りませんよ」
ソファで向かい合って座っている二人ですが、左京はとても小さくなっていました。
「はい、反省しています」
蚊の鳴くような声で左京は応じました。
(でも、シャーロットはもしかすると本当に左京さんの事を好きになっているのかも知れない)
皐月もシャーロットの言動からそう思うようになっていたのですが、左京に真実を知らせるのはまずいと思い、明かしませんでした。
「今夜、樹里さんが帰宅したら、必ず謝ってくださいね。詳しい事は言わなくていいですから」
皐月はソファから立ち上がって言いました。
「でも、樹里ははっきり伝えないとわからないと思うんです」
左京が皐月を見上げました。皐月もああと思いましたが、
「そうかも知れませんが、詳細は省いてください。とにかく、謝ってくださいね」
事務所を出て行きました。左京は皐月が去ると、大きな溜息を吐きました。
そして、夜になりました。左京はいつものように夕食の準備をして、風呂を沸かし、ゴールデンレトリバーのルーサに晩御飯を与え、樹里の帰宅を待ちました。
(心臓が……)
胸が苦しくなる左京です。そのまま止まってしまえばいいのにと思う地の文です。
「うるさい!」
個人的な感想を述べただけの地の文に理不尽に切れる左京です。
「只今帰りました」
樹里が帰って来ました。
「おかえり、ママ!」
長女の瑠里、次女の冴里、三女の乃里が玄関へ走って行きました。
(夕食の後、子供達が風呂に入っている時に言おう)
自分に言い訳をするヘタレです。
「うるさいよ!」
正しい事を言った地の文に切れる左京です。
夕食後、
「ママ、おふろ、いっしょにはいろう」
瑠里が言ったので、
「ママは赤ちゃんがお腹にいるから、瑠里達三人で入りなさい」
左京が慌てて言いました。
「はーい」
仕方なさそうに瑠里達はどやどやと浴室に行きました。
「樹里、話がある」
左京は意を決して言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。左京はサッと床に両手を突いて、
「本当に申し訳ない! またホームズさんに隙を突かれて、キスされてしまった!」
土下座をしました。
「そうなんですか。知ってましたよ」
樹里の衝撃の応えに左京は唖然としました。
「左京さんが全然話してくれないので、もう私達はダメなのかなと思っていました。でも、話してくれてよかったです」
樹里は笑顔全開でしたが、涙を両目からポロポロこぼしていました。
「樹里、すまない!」
左京は樹里を優しく抱きしめました。
「もう二度とこういう事は起こさないと誓うよ」
左京は樹里が震えているのがわかり、涙を流しました。
「はい」
二人は見つめ合い、キスをしました。
半分めでたしめでたしだと思う地の文です。




