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樹里ちゃん、事件を解決する

 俺は杉下左京。五反田駅前に事務所を構える名探偵だ。


 と言いたいところだが、未だに依頼はゼロ。


 それなのに所員は二人もいる。


 一人は俺の最愛の人、御徒町おかちまち樹里じゅり


 彼女は、実質無給で働いてくれるので、問題ない。


 問題はもう一人。


 宮部ありさ。警視庁時代の元同僚。しかも、こいつは、俺のせいで一度死にかけた。


 その負い目があり、全く役に立っていないのだが、辞めさせる事ができない。


 この先どうなるのだろう? 早くも借金地獄に陥る予感がする。




「お久しぶりです」


 毎日暑い日が続く中、もっと暑くなりそうな奴が登場した。


「何しに来た?」


 俺はそいつに言い放った。そいつは苦笑いをして、


「杉下さん、仕事を依頼に来た人間に対して、そんな言い方はないでしょう?」


 その男、警視庁特捜班の亀島馨は言った。


 もう二度と顔を合わせる事もないと思っていたのに!


「何でお前、ここを知ってるんだ?」


 俺は机を飛び越えて亀島に詰め寄った。亀島はフッと笑って、


「神戸警部に聞いたんですよ」


「何?」


 神戸蘭。こいつも俺の元同僚。お喋りめ!


「まあ、座って話しましょう、杉下さん。話は長くなりますので」


「く」


 俺はムカついたが、一応話だけは聞く事にした。


 もし下らない話だったら、ありさに取り憑いてもらって、警視庁で裸踊りをさせてやる。


「あれ? そう言えば、樹里さんはいないんですか?」


「馴れ馴れしく名前で呼ぶな! 樹里は喫茶店だよ」


 亀島はニヤリとして、


「婚約者の方が働いてますね、杉下さん」


「う、うるせえ!」


 図星を突かれた俺は、怒鳴るしかない。 


「早く本題に入れ」


 亀島を睨みつける。亀島はスーツの内ポケットから封筒を取り出し、


「こんなものが、警視庁に届きました」


「うん?」


 それには、「予告状」と毛筆体で印字されていた。


「何だ、これは?」


 俺は亀島に尋ねた。


「最近、世間を騒がせている三人組の泥棒ですよ」


「キャッツ○イか?」


 俺は遠慮なく言った。後で名前の部分は編集されるだろうが。亀島は笑って、


「違いますよ。彼女達はもうご老体で、泥棒なんて無理でしょう」


「かも知れんな」


 俺は封筒の中身を取り出し、読んでみた。


「五反田六郎邸の玄関にあるシャンデリアを頂きに参上します」


 五反田六郎? 樹里が働いていた大富豪の家じゃないか!?


「怪盗ドロント?」


 ふざけた名前だ。


「一度現場で三人を見かけた者の話では、相当美人らしいですよ」


 亀島は嬉しそうだ。


「そんなの整形だろ」


 ドスンとどこかで何かが落ちる音がした。


「何だ?」


 俺はキョトンとした。


「オホホホホ」


「何だ? 天井裏に鳩でも紛れ込んだか?」


 俺は上を見て呟いた。


「違うわよ! いい加減にしなさいよ、ヘボ探偵!」


 女の声だ。


「だ、誰だ?」


 俺と亀島は、驚いて周囲を見渡す。

 

 すると、天井の一部がカタンと開き、スッと黒ずくめの女が舞い降りた。

 

 顔は仮面の忍者のようなマスクで隠していて、年齢もわからない。


 只、長い黒髪を見る限りでは、若い女だ。俺は髪の毛に詳しいのだ。


「私は世界的な美人大泥棒のドロントよ、ヘボ探偵さん」


 その女は胸を張って言った。俺は見たままを口にする。


「貧乳」


「うるさいわね!」


 素早い突込みだ。その女はフッと笑い、


「貴方に私が捕まえられるかしら? 楽しみにしてるわね、ヘボ探偵さん!」


 ボンと煙幕が張られ、ドロントと名乗る頭のおかしい女は消えた。


「今のがドロントか。若い女みたいですね」


「そのようだな」


「じゃ、頼みましたよ、杉下さん」


 亀島はサッサと事務所を出て行こうとする。


「おい、俺はまだ引き受けるとは一言も言ってないぞ!」


 ムッとして呼び止めると、亀島は更に、


「だって、あの泥棒を捕まえたら、杉下さんはマスコミに取り上げられて、仕事がたくさん舞い込みますよ。そうしたら、樹里さんに楽をさせられるじゃないですか」


「あ、ああ……」


 樹里を楽させてあげられる。その一言が、俺を決断させた。


「わかった。引き受けよう」


 俺は言った。亀島は妙に嬉しそうな顔をして出て行った。


 嫌な予感がするが、気にしないでおこう。


 


 そして、どこに行っていたのか、ありさが帰って来た。煙草臭いから、パチンコのようだ。


「ありさ、仕事だ」


 俺は渋く決めた。するとありさは、


「そうかい、八丁堀」


と意味不明な事を言う。俺が白い目で見ているのに気づいたのか、


「もう、左京ったら、冗談が通じないんだから」


と笑う。疲れる奴だ。


 俺はありさに予告状を見せて、亀島の事を話した。


「あの子、まだ警視庁にいたんだ。ふーん」


と感心しながら予告状を読む。


 いつになく真剣な顔で相談する俺とありさ。


 こいつもかつては敏腕刑事だったのだ。


 昔の血が騒いで来たのだろう。


「只今戻りました」


 樹里が帰って来た。今日は居酒屋の当番は姉の璃里りりさんだそうだ。


 俺は樹里にも予告状の話をした。


「そうなんですか」


 相変わらず笑顔全開で応じる樹里。


 樹里は五反田氏に連絡を取った。すると、五反田氏は、樹里に全面的に任せると言ってくれた。


 これで仕事がやり易くなる。


「待てよ」


 俺はふと疑問を持った。


「依頼は警視庁だが、仕事料はだれが払ってくれるんだ?」


「八丁堀、野暮な事は言いっこなしだぜ」


 誰のつもりなのか、ありさは気取って言った。


 


 そして予告の日の夜。


 俺と樹里とありさは、五反田邸の玄関にいた。


 玄関のロビーだけで、俺のアパートくらいある。


 でか過ぎるぞ、五反田邸!


 警視庁の警官隊は、邸の周囲にまさに蟻の這い出る隙間もないくらいひしめいている。


「これでは盗むどころか、ここに来る事さえできないでしょう」


 何故か陣頭指揮を執っている亀島が扇子で顔を扇ぎながら言う。


 誰の真似なんだ、お前は?


「オーホホホ!」


 またあのSMの女王みたいな女の笑い声だ。


「出たな、ドロント!」


 亀島は早くも膝が震えている。情けない奴だ。


「あ!」


 ドロントだ。奴が玄関の上の天窓から舞い降りて来た。


「ドロントだ! 確保ォ!」


 亀島の命令で、警官隊が一斉にドロントに襲いかかる。


「遅い!」


 ドロントは素早く動き回り、外に出て行ってしまった。


「俺達も追うぞ!」


 俺とありさと樹里も、ドロントを追った。


「あれ?」


 後ろからついて来ていたはずの樹里がいない。


「おい、ありさ、樹里はどうした?」


「え?」


 俺は蒼ざめ、邸に戻った。


 樹里の身に何かあったら、俺は……!


「え?」


 俺は仰天した。樹里がシャンデリアを下ろして、運び出そうとしていたのだ。


「ど、どういう事だ?」


「こういう事よ」


 樹里の顔がベリベリと剥がれ、あの仮面女の顔が現れた。


「何ィッ!?」


 俺とありさは唖然とした。


「シャンデリアは頂くわ、ヘボ探偵さん」


 ドロントは怪力だ。シャンデリアを担ぐと、逃げ出した。


「待て、貧乳!」


 俺は叫んだ。ドテッと「貧乳」が倒れた。何故かありさも落ち込んでいる。


「私は豊胸なんてしてないわよ……」


「ええい、ややこしい!」


 俺は倒れたドロントを取り押さえた。


「げ、人形?」


 それは変わり身だった。プシューッとガスが吹き出す。


「うわ!」


 俺は慌てて飛びのいたが、強烈な睡魔が襲って来る。


「くそ……」


「じゃあねえ、ヘボ探偵さん」


 貧乳が逃げる。しかし、


「どうしたんですか?」


といきなり貧乳の前に樹里が現れた。


「わわ、どうして貴女がここにいるのよ!? あの睡眠薬は、象だって寝てしまうのよ!」


 ドロントは仰天していた。でも樹里は笑顔全開で、


「そうなんですか」


 俺とありさは、その隙にドロントを追い詰めた。


「観念しろ、貧乳!」


「うるさいわね!」


 ドロントはシャンデリアを諦め、天窓へと飛び上がった。


「今日のところは、引き下がるわ。でも、次はこうはいかないからね!」


 貧乳は捨てゼリフを吐き、逃げて行った。しかし、俺は限界だ。


 そのまま、倒れてしまった。


 


 気がつくと、事務所のソファの上だった。


「左京、無事シャンデリアを守り切れたわよ」


 ありさが嬉しそうに言う。樹里も、


「大丈夫ですか、左京さん?」


と心配そうに俺を見ていた。樹里の顔が俺に近づいて来る。


「わわ、樹里、ありさがいるんだ、こんなところではまずい……」


 慌てふためく俺の上に樹里はそのまま倒れこみ、可愛い寝息を立て始めた。


「何よ、今頃睡眠薬が効いて来たの?」


 ありさが呆れ顔で言った。


 こうして、貧乳、あいや、怪盗ドロントとの対決は、俺達の勝利に終わった。




 しかし、翌日の新聞には、


「警視庁特捜班亀島チーム、怪盗を撃退」


と書かれていた。


 あのヤロウ。いつか締めてやるぞ、亀島! 覚悟してろ!

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