樹里ちゃん、左京のピンチを知る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
「ヒイイ!」
朝から奇声を発する元の夫の杉下左京です。
「元じゃねえよ、今でも夫だよ!」
未来を予測した地の文に涙ぐんで切れる左京です。
(マジかよ。どうしてこんな近所に大手の探偵事務所が進出してくるんだよ?)
左京は、新聞の折り込み広告で入っていた英国で最大手と言われている「モーリー探偵事務所」のチラシに気づきました。
「どうしたのですか、左京さん?」
樹里が笑顔全開で背後から声をかけたので、
「ヒイイ!」
また奇声を発してしまうビビり王の左京です。
「ああ、いや、何でもないよ」
嫌な汗をしこたま掻きながら、チラシを丸めて革ジャンのポケットにねじ込む左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じて、昭和眼鏡男と愉快な仲間達と共に駅へと向かいました。
「いってくるね!」
三年生になった長女の瑠里も出かけて行きました。
「パパ、早くして!」
「して!」
次女の冴里と三女の乃里が言いました。
「わかったよお、冴里、乃里」
デレデレしながら応じる「無職」さんです。
「違う! 断じて違う!」
「無職」と「仕事がない」は全く意味が違うと主張する左京です。
(モーリー探偵事務所ができたら、更に仕事がなくなるなあ……)
項垂れながら、保育所へと向かう左京です。
でも、モーリー探偵事務所は猫探しはしないと思う地の文です。
一方、五反田邸の一室では、緊急会議が開かれていました。
「何故今になって、モーリー探偵事務所が来るのよ?」
五反田氏の愛娘の麻耶の家庭教師である有栖川倫子の部屋です。
麻耶は大学に合格したので、もう倫子は仕事がないと思う地の文です。
「うるさいわね!」
自分でもそう思っているので、嫌な汗を掻きながら地の文に切れる倫子です。
「娘のシャーロットが私達が日本にいるのに気づいたようです」
黒川真理沙こと長月葉月が言いました。
「シャーロットッて、イギリスにいた当時から、私達に目をつけていましたよね」
もう一人のメイドの目黒弥生が言いました。
「あの女、しつこいのよ。ロンドンでケリがついたはずなのに、まだ追いかけてくるつもりかしら?」
倫子は腕組みをして顔をシワだらけにしました。
「違うわよ!」
地の文の描写にいちゃもんをつける倫子です。
倫子は眉間にしわを寄せて言いました。
「噂によると、世界犯罪者連盟が壊滅した事を聞いて、私達が関わっている事を嗅ぎつけたみたいですよ」
真理沙が更に言うと、倫子は肩をすくめて、
「まあ、ここに辿り着くまでは随分と時間がかかるでしょうから、しばらくは大丈夫よね」
しかし、真理沙は、
「そうでもないみたいです。モーリー探偵事務所って、樹里さんの自宅のそばにできたらしいですよ」
「そうなの? 樹里さんが五反田邸で働いている事と何か関係があるのかしら?」
倫子はビクッとして真理沙を見ました。
「私、理由をつけて樹里さんの家に行きましょうか?」
弥生が提案すると、
(ダメよ。そこからあんたが尾行でもされたら、まずいでしょ、公私共に」
倫子のその言葉に、弥生は蒼ざめました。夫の祐樹に素性を知られるのは困るのです。
でもすでに仮面夫婦なので、離婚は時間の問題だと思う地の文です。
「やめて!」
涙を流して地の文に抗議する弥生です。
「今度こそ、潮時かしらね」
倫子が真顔で言いました。真理沙と弥生は顔を見合わせました。
「おはようございます」
そこへいきなり樹里がドアを開けて入ってきました。
「きゃっ!」
三人が同時に悲鳴をあげました。
「申し訳ありません、ノックをしても、お返事がなかったので」
樹里は笑顔全開で告げました。
「そうなんですか」
倫子と真理沙と弥生は引きつり全開で応じました。
「すみません、樹里さん、すぐに着替えます」
弥生は私服のままだったので、慌てて部屋を出て行きました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「私も部屋に戻ります」
真理沙は樹里に会釈しながら部屋を出て行きました。
「有栖川先生、お話があるのですが」
樹里が不意に言ったので、倫子はギクッとして樹里を見ました。
「はい、何でしょうか?」
やや裏返り気味の声で尋ねる倫子です。
「実はですね」
樹里がチラシを差し出しました。よく見ると、モーリー探偵事務所のチラシです。
「そ、それがどうかしましたか?」
あからさまに動揺してしまう倫子です。
「ああ、申し訳ありません。これではないです」
樹里は違うチラシを差し出しました。それは学習塾のチラシでした。
「これが何か?」
ちょっとホッとして微笑む倫子です。
「長女の瑠里が三年生になりました。もう少し勉強に熱心になってくれるといいのですが、相変わらず遊ぶばかりで困っているのです」
樹里は深刻な話をしているのですが、笑顔全開です。
「はい」
倫子はどういう事なのか理解ができず、苦笑いしています。
「有栖川先生は、麻耶お嬢様が大学に合格されたので、少しお手隙ではないかと思い、瑠里の家庭教師をお願いしたいのです」
樹里は更に笑顔全開で言いました。
(これはまさしく渡りに船状態?)
心の中でガッツポーズをする倫子です。
「それはとても嬉しいお話です。是非、見させていただきます」
倫子は身を乗り出し、樹里の両手をがっちり掴んで言いました。
「そうなんですか」
そんな状況ですが、笑顔全開の樹里です。
「さっきのチラシは何ですか?」
少し気になったので、尋ねてみる倫子です。
「ああ、これは駅前でブロンドで緑の目の綺麗な白人の女性が配っていたのです」
樹里は笑顔全開でチラシを倫子に見せました。
「そうですか」
倫子は白人女性の容姿を聞き、確信しました。
(間違いない。シャーロット・ホームズ。かつての好敵手だわ)
そして倫子は、
「それにしても、住所を見ると、樹里さんの家から近いですね。ご主人の商売敵ですよね?」
話をはぐらかすつもりで言ったのですが、
「そうなんですか? 夫は猫探しと犬探しと浮気調査が仕事ですから、そこの探偵事務所さんとは競合しないと思ったのですが、やはりまずいのでしょうか?」
樹里は全くそうは思っていなかったようなので、
「そうですね」
倫子は顔を引きつらせてしまいました。
「そうなんですか」
樹里は急に深刻な顔になり、
「失礼致します」
部屋を出て行きました。
「まずい事言ったかな?」
不安になる倫子です。
そして、左京はモーリー探偵事務所を見に行っていました。
(ビルまるごと貸切かよ)
五階建のビルは全フロアがモーリー探偵事務所になっていました。
「もしかして、杉下左京さんですか?」
そこへ樹里がチラシをもらったブロンド碧眼のアイボリーホワイトのスカートスーツ姿の白人女性が声をかけてきました。
「はい、私は杉下左京ですが」
左京はその女性があまりにも美しいので、結婚したいと思いました。
「思わねえよ!」
最後の最後に大ボケをかました地の文に切れる左京です。
「私、モーリー探偵事務所の所長をしているシャーロット・ホームズです」
ブロンド美女は名刺を差し出しました。
「そ、そうなんですか」
左京は顔を赤らめて名刺を受け取りました。
「お話を伺いたいので、中へどうぞ」
シャーロットに手を取られて、左京は言われるままにビルのエントランスに入って行きました。
はてさて、どうなるのでしょうか? 楽しみな地の文です。