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樹里ちゃん、左京の両親の墓参りにゆく

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今はお彼岸です。


 今日は、不甲斐なさで鳴らしている夫の杉下左京の実家のお墓へ娘達と共に向かっています。


 ゴールデンレトリバーのルーサは留守番なので、何とか左京のボロ車で間に合いました。


「いろいろうるさい!」


 愛車をけなされた左京が地の文に切れました。


「そうなんですか」


 それにも関わらず、助手席で笑顔全開の樹里です。


「そうなんですか」


「しょーなんですか」


 後部座席の長女の瑠里と次女の冴里、三女の乃里も笑顔全開です。


 車は都内を抜けて、練馬インターチェンジから関越自動車道に乗りました。


 左京の車では、高速道路は危ないと思う地の文です。


「ちゃんとメンテナンスしてるから大丈夫だよ!」


 心配性の地の文にまた切れる左京です。


 時代は電気自動車に移行しようとしているのに、左京の車は未だに石炭で走っています。


「違うよ! ガソリンだよ!」


 昭和が遠くなった地の文にまたしても切れる左京です。


「左京さん、この子が生まれたら、もう少し大きい車にしましょう」


 樹里が笑顔全開でお腹をさすりながら言いました。


「そうなんですか」


 嬉しそうに樹里の口癖で応じる左京ですが、樹里はお金を出すとは言っていません。


 途端に顔が引きつる左京です。


「以前、クイズ番組でいただいたミニバンをテレビ局に預かってもらっているので、それにしましょう」


 樹里が笑顔全開で意外な事実を告げたので、


「そうなんですか」


 別の意味で顔が引きつってしまう左京です。


(俺が自分の稼ぎで買うよと言えないのがつらい……)


 心の中で血の涙を流している左京です。


 それは一生無理だと思う地の文です。


「やかましい!」


 正論を言ったはずの地の文に理不尽に切れる左京です。


「そうすれば、左京さんはこの車を事業専用にできるので、減価償却費を百パーセント経費にできますよ」


 樹里が難しい事を言ったので、


「そうだね」


 意味がわかっていないのにさもわかったように返事をする見栄っ張りな左京です。


「くふう……」


 運転中にも関わらず、危うく気を失いそうになる程図星を突かれた左京です。


 でも、全額経費にしなくても、左京は樹里の扶養家族なのでもう問題ないと思う地の文です。


「かはあ……」


 忘れかけていた事を思い出させる地の文のせいで悶絶しそうになる左京です。


 そんなコントのような事をしているうちに、車はインターチェンジを降り、一般道に戻りました。


「もうすぐだぞ」


 左京は娘達に言いましたが、瑠里はうとうとしており、冴里と乃里は眠っていました。


 悲しみがこみ上げてくる左京です。でも、女の子ではないので涙は出ません。


 そして一行は左京の両親のお墓がある霊園に着きました。


 いつものように、瑠里と冴里は駐車場にあるトイレでおしっこタイムで、乃里はオムツを取り替えタイムです。


(乃里も、瑠里や冴里のように妹が生まれたら、もうちょっとお姉ちゃんになれるかな?)


 左京は瑠里や冴里に比べて、乃里がオムツの卒業が遅い気がしています。


 左京がオムツをしなくなったのは、大学生になってからですから、まだ大丈夫だと思う地の文です。


「俺は二歳で取れてたよ!」


 地の文の途方もないボケに激ギレする左京ですが、


「あっ!」


 我に返ると、樹里達は既にお墓に向かっていました。


「ああ、待ってくれ! 俺もトイレ!」


 漏れそうになっていたのを忘れて、慌ててトイレに走るバカ者です。


 


 本来であれば、一番最初に到着していなければならない左京が遅れてきて、


「パパ、ちゃんとしてよね!」


「ちゃんとしてよね!」


「ちゃんと!」


 娘三人に仁王立ちで叱られるダメな父親ですが、


「悪かったよお」


 デレデレして嬉しそうな変質者です。


「違う!」


 状況を捏造した地の文に切れる左京です。


 樹里が持ってきた花を花立てに生け、牡丹餅とみかんを供えます。


 左京が代表して全員分の線香を上げ、みんな揃って手を合わせました。


 瑠里は誰も見ないで手を合わせ、冴里は瑠里を見て、乃里は冴里を見て手を合わせました。


「さあ、帰ろうか」


 左京は眠そうな乃里を背負い、瑠里と手を繋いで歩きます。


 笑顔全開の樹里が冴里と手を繋いで後ろを歩きました。


「この子が生まれたら、手が足りなくなりますね」


 樹里が言いました。左京は樹里を振り返って、


「そうだな。そうしたら、瑠里にその子をおんぶしてもらおうか?」


 瑠里を見ると、瑠里は目を輝かせて、


「そうなの? やったあ!」


 大喜びしました。左京はそれを微笑ましく見ていましたが、


「左京さん、無責任な事を言わないでくださいね」


 樹里に真顔で注意され、


「はい」


 しょんぼりしてしまいました。


 樹里は冴里と共に例の不思議な踊りを始めて喜びを表現している瑠里を見て、


「瑠里」


 真顔で言いました。瑠里はピクッとして動きを止めました。冴里も巻き添えで動きを止めました。


 五人は車に乗り込み、霊園を後にしました。


「つぎはいつくるの?」


 瑠里が左京に尋ねました。左京はチラッと樹里を見てから、


「お盆だな。でも、ママが赤ちゃんを産む頃だから、パパが一人で来ようと思っているよ」


「えー」


 瑠里ばかりでなく、冴里も残念そうな声をあげました。すると樹里は、


「大丈夫ですよ、左京さん。この子が生まれるのは九月ですから」


 予言めいた事を言いました。


「そうなんですか」


 左京は引きつり全開で応じました。


「そうなんですか」


「しょーなんですか」


 瑠里と冴里と乃里は笑顔全開です。


 


 めでたし、めでたし。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミニバンも持っているんですね。樹里ちゃんが。 すべてを持っている女性とすべてを持っていない男。 この夫婦の話は目が離せないわ。
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