樹里ちゃん、成人式に出席する?
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
しばらくぶりにドラマの撮影に臨み、それが新年になって放送されたおかげなのか、樹里に成人式のスピーチの依頼が来ました。
「成人式なんて、若い連中が酒を飲んで大騒ぎして危ないから、断わった方がいい」
何に対しても疑念を抱く昔警察官だったような不甲斐ない夫の杉下左京が言いました。
「警察官だったんだよ!」
ある意味正しい表現をしたはずの地の文に切れる左京です。
「大丈夫ですよ」
しかし、樹里は笑顔全開で左京の言葉を否定し、出席を決めました。
立つ瀬がない左京は遂に離婚を決断しました。
「してねえよ!」
でも、夫の言う事を聞かない妻は許せないですよね?
「そんな事は微塵もない! 妻は妻、夫は夫だ!」
時代の最先端を行っているつもりでいる、ど昭和の左京です。
「はっ!」
我に返ると、すでに樹里は出かける用意をして、紺のスカートスーツに着替えていました。
(可愛い!)
朝から欲情するドスケベ左京です。
「やめろ!」
樹里に対しては、いつまでも少年のような心を持っていたいと勘違いしている左京が地の文に切れました。
少年のような心とは、要するに「エロい事しか考えていない中学生男子」という事ですよね?
「それも違う!」
偏見が酷い地の文にまた切れる左京です。
「では、行って参りますね」
樹里は笑顔全開で出かけました。
「いってらっしゃい、ママ!」
長女の瑠里と次女の冴里が笑顔全開で言いました。
「らっしゃい、ママ!」
三女の乃里も笑顔全開です。
「行ってらっしゃい」
一緒に行こうと思っていた左京ですが、三人の娘を誰にも頼めなかったので、泣く泣く家に残りました。
「パパはるりのせいじんしきのときもおうちにいてね」
瑠里に笑顔で衝撃的な事を言われ、
「そうなんですか」
涙で何も見えなくなりながら、樹里の口癖で応じる左京です。
そして、樹里は昭和眼鏡男と愉快な仲間達に護衛をされながら、近くの某ドームへと行きました。
何と、ドームで成人式をするのです。
「おはようございます」
樹里が係員の人に挨拶をしました。
「こちらに並んでください」
忙しくてパニックになっていた係員は、樹里を新成人の席へ誘導し、列に並ばせてしまいました。
「あれ、彼女、見かけない顔だね。どこ中? 可愛いね。式が終わったら、どこかに飲みに行かない?」
おバカな新成人の男子達が早速樹里に近づきました。
「子供が家で待っているので、式が終わったら帰ります」
樹里は笑顔全開で言いました。
「ええ? もう子供いるの? デキ婚?」
踏み込んだ事を訊く不躾な男子です。
「違いますよ。結婚してから授かりました」
それでも樹里は笑顔全開で応じました。
「結婚、早かったんだね」
この男子は樹里を知らないようです。多分夜遅くまで遊んでいて、テレビを観ないからでしょう。
「では、前から順番に席に着いてください」
係員はドームの中に並べられた椅子に新成人を座らせていきました。
(どこかで見た事あるような?)
一瞬、樹里の顔が気になった係員ですが、後ろからどんどん新成人が入ってきたので、
「貴女からはこの列でお願いします」
樹里は二番目の列の左端に座りました。
「彼女、結婚してるのなら、子供は旦那が見てるんでしょ? だったらさ、たまには外で息抜きしない?」
先程の男子がしつこく誘ってきます。
「三人子供がいるので、夫だけでは大変なのです」
樹里が笑顔全開で衝撃の事実を告げたので、
「えええ!?」
大声をあげてしまう男子です。
(一体、いくつで産んだんだ?)
指で数えましたが、暗算が苦手なのでわからなくなりました。
やがて、区長の開会の挨拶があり、式が始まりました。
何やら、スタッフ達が慌てているようです。
「段取り悪いな。何やってるんだろうね?」
何とか会話を続けたい男子は、苦笑いして樹里に話しかけてきます。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。その声に気づいて、
「あ! そこにいらしたのですか」
係員の女性が壇上から降りてきて、樹里に近づきました。
「さあ、どうぞ」
女性に先導されて、樹里は登壇しました。
「新成人代表なのかな?」
樹里に夢中の男子はまだ気づかないようです。
「本日のサプライズゲストです。女優の御徒町樹里さんです!」
司会者がマイクで樹里を紹介しました。おおおと地響きのような歓声がドームに轟きました。
「えええ!? 彼女、あの御徒町樹里だったの!?」
ようやく気づいた男子です。
(付き合いたい。子供三人いても全然差し支えなし!)
まだ諦めていない男子です。
「皆さん、おはようございます。御徒町樹里です。本日はおめでとうございます」
樹里が笑顔全開で挨拶すると、割れんばかりの拍手が巻き起こりました。
(奇跡の二十九歳だ。今年成人のウチの娘より若く見える)
区長はそばで見ていて感動していました。娘に怒られると思う地の文です。
「樹里ちゃーん!」
男子達から声援が上がります。隣の女子達が舌打ちしています。
「樹里さん、どうすればそんなに若々しくいられるのですか?」
新成人の女子が尋ねました。
(それは是非とも訊きたい!)
樹里を案内した四十路の女性は思いました。
「まだ三十代よ!」
逆のサバを読んでしまった地の文に激ギレする係員の女性です。
「規則正しい生活をしているだけですよ」
樹里が笑顔全開で言うと、新成人の何割かに深く刺さりました。
その後も次々に樹里へ質問が飛び、挨拶が長引いてしまいましたが、
(毎年、スピーチをしてもらおう。こんな和やかな式は久しぶりだ)
感動の涙を浮かべて、頷く区長です。
めでたし、めでたし。