樹里ちゃん、狙われる(中編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
五反田邸への道すがら、樹里は奇妙な黒づくめの男達に後を尾けられました。
普段は全く役に立っていない昭和眼鏡男と愉快な仲間達が、この時ばかりは活躍し、樹里を違うルートで送り届けました。
どうせ尾けるなら、暇を持て余している不甲斐ない夫の杉下左京を徹底的に尾ければ、不倫の現場を押さえられたのにと思う地の文です。
「不倫なんかしてねえよ!」
どこかで左京が地の文に切れました。
「樹里さん、気をつけてくださいね」
元泥棒の目黒弥生が帰りがけに言いました。
「やめて!」
涙ぐんで地の文に抗議する弥生ですが、地の文は無視しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で眼鏡男達と共に成城学園前駅へと向かいました。
弥生の後を尾ければ、きっと犯行の現場を押さえられると思う地の文です。
「犯行現場なんか関係ありません!」
目を血走らせて地の文に切れる弥生です。
「樹里様、今朝程の連中がまた後を尾けているようです」
眼鏡男が告げました。
「そうなんですか?」
樹里は笑顔全開で応じました。小首を傾げたので、眼鏡男は危うく意識が飛びそうになりました。
(ああ、不意打ちの小首傾げ、危ないところでした)
ホッとしていると、樹里は容赦なく眼鏡男を置いて、親衛隊員達と駅へと向かっていました。
(ああ、また放置プレイ。宵闇のこの行為、まさに強烈)
変態道を極め始めた眼鏡男は思いました。
「樹里様、我々に考えがあります。小田急線には乗車なさらず、そのまま駅の反対側へとお進みください」
眼鏡男は息を切らせて樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じて、成城学園前駅を通過しました。
後を尾けていた黒づくめの三人は、樹里達がイレギュラーな行動をとったので、焦って走りました。
「何!?」
駅の反対側へと抜けると、樹里達の姿はどこにもありませんでした。舌打ちして悔しがる三人でしたが、手がかりがないので、スマホでどこかに連絡すると、駅へ戻りました。
(役立たずが!)
連絡相手はちくりんさんでした。
「たけばやしよ!」
名前ボケがやめられない地の文に激ギレする竹林由子です。
(まあ、いいわ。本命はあのダメ夫の方だから。叩けばたくさん埃が出そうだし)
由子はニヤリとしました。当たっていると思う地の文です。
樹里達は眼鏡男の知り合いの家に匿ってもらい、黒づくめの男達をやり過ごしたのでした。
「ありがとうございました」
樹里が深々と頭を下げてお礼を言ったのにも関わらず、いきなり樹里に訪問された眼鏡男の友人は、固まったままで無反応でしたが、眼鏡男は間髪入れずに玄関のドアを閉じました。
(無理もない。ずっと憧れていた樹里様と間近で会ったのだ。命があっただけでも良しとするべきだ)
樹里信者にとって、樹里との直接対面は命がけなのです。
「では、正規のルートに戻りましょう、樹里様」
眼鏡男達は樹里を囲むようにして駅へと戻りました。
(樹里は大丈夫だろうか?)
左京は次女の冴里と三女の乃里をいつもより早めにお迎えに行き、長女の瑠里も学校まで迎えに行くという念の入れようで対応していました。
(またおかしな組織が樹里を狙っているんじゃないだろうな?)
相変わらずのヘボ推理を展開する迷探偵です。
「うるせえ!」
正しい表現をした地の文に理不尽に切れる左京です。
おかしなはあっているかも知れません。竹林由子は「イタい人」ですから。
その時でした。ドアフォンが鳴りました。しかも、閑古鳥すら鳴かない杉下左京探偵事務所の方です。
(クライアント?)
左京はそんな予定はないので、首を傾げながら、渡り廊下を走って事務所へと行きました。
「お待たせ致しました」
ドアを開くと、そこには若い女性が立っていました。
すぐに襲いかかる左京です。
「違う!」
捏造を繰り返す地の文に切れる左京です。
「貴女は……」
人の顔と名前を忘れる名人十段に昇進した左京はそう言ったまま、言葉が出ません。
「お久しぶりです。貝力奈津芽です」
そこに立っていた若い女性は、以前樹里と共演した意地悪女優の貝力奈津芽でした。
「意地悪女優じゃありません!」
地の文の言葉選びに切れる奈津芽です。
「ああ、そうでしたね。どうも若い女性の名前は覚えられなくて……」
苦笑いをして誤魔化す左京ですが、ベテラン女優の高瀬莉維乃の名前も忘れていると思う地の文です。
「どうぞ、中へ。今日はどういったご用向きですか……」
そこまで言いかけた時、左京は奈津芽に抱きつかれました。
(な、何だ?)
奈津芽は貧乳でタイプではないので、タックルされたと思ってしまった左京です。
「ずっと好きでした。左京さん、私を愛人にしてください」
奈津芽は更に左京にしがみついてきて、左京の唇にキスをしました。
「ど、どうしたんですか、貝力さん?」
左京は奈津芽を振り払って、唇を拭いました。
「樹里さんと別れてくれなんて言いません。只、週に何度か会ってくれればいいんです。そして、そのうち何度か、愛してくれれば……」
奈津芽は頬を紅潮させて俯きました。
「貝力さん……」
鈍感な左京も、奈津芽が何を言っているのか、理解できました。
そうです。若手女優との不倫。男の夢が実現できるのです。
「そうじゃねえよ!」
図星を突かれたので、酷く動揺して切れる左京です。
「貝力さん、一体どうしたんですか? 貴女は確か、IT企業の社長と付き合っているのではないですか?」
左京は俯いた奈津芽の顔を覗き込んで問い質しました。
「彼とは別れました。冥王星基地を殲滅しに行くとか言い出して、頭がおかしくなったのかもと思ったので」
奈津芽はチラッと左京の顔を見て言いました。目が潤んでおり、左京の理性が吹っ飛びそうです。
「そんな状況だから、心が混乱しているんですよ。一度家に帰って、落ち着いてください」
左京は奈津芽を事務所の外へ押し出し、門のところまで連れて行きました。
「え?」
その時、いきなりカメラのフラッシュが焚かれました。それも何度もです。
「貝力奈津芽さん、御徒町樹里さんの夫の杉下左京さんと不倫ですか?」
記者らしき男が二人に詰め寄りました。
(こいつらは朝見かけた奴らか?)
左京は奈津芽を庇うようにして立つと、
「違う。彼女はクライアントだ。そういう関係じゃない」
男気溢れる発言をしたのですが、
「はい、そうです。ホテルで何度も愛し合いました」
奈津芽が前に出て「爆弾発言」をしました。
「何言ってるんですか、貝力さん! そんな嘘を吐いてどういうつもりです!?」
左京は慌てましたが、
「じっくりお話を伺えますか?」
「はい」
黒づくめの男達に奈津芽は同行し、近くに停めてあった車に乗って去ってしまいました。
(何がどうなっているんだ?)
混乱した左京は、樹里達が近くまで来ている事に気づきませんでした。
「只今戻りました、左京さん」
笑顔全開で告げた樹里を見て、顔を引きつらせる左京です。
まだ続くと思う地の文です。