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樹里ちゃん、代役を頼まれる

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日も樹里は笑顔全開で出勤します。


「では、行って参りますね」


 樹里が言いました。


「行ってらっしゃい!」


 ニートの夫が言いました。


「やめろ!」


 一番言われたくない言葉で表現された不甲斐ない夫の杉下左京が地の文に切れました。


「いってらっしゃい、ママ」


 長女の瑠里と次女の冴里が笑顔全開で言いました。


「らっしゃい」


 三女の乃里も笑顔全開で言いました。


「ワンワン!」


 ゴールデンレトリバーのルーサも、


「いってらっしゃい、ご主人様」


 そう言っているかのように吠えました。


「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様にはご機嫌麗しく」


 そこへいつものように昭和眼鏡男と愉快な仲間達が登場しました。


「おはようございます」


「おはよう、たいちょう」


「おはよ」


 樹里と瑠里と冴里と乃里の笑顔全開四重奏に挨拶され、恍惚としてしまう眼鏡男達です。


(ああ、至福のひと時。いつ死んでもいい)


 眼鏡男は思いました。では今死んでくださいと思う地の文です。


「それは断固拒否します!」


 地の文の軽いジョークに本気で抗議する眼鏡男です。


「あっ!」


 我に返ると、大方の予想通り、樹里は隊員達と共にJR水道橋駅へと向かっており、冴里と乃里は左京と一緒に保育所を目指していました。


「ワンワン!」


 ルーサが、


「相変わらず間抜けだな」


 そんな雰囲気を醸し出して吠えました。


「樹里様、お待ちください!」


 涙ぐんで樹里を追いかける眼鏡男です。


 


 そして、いつもであれば、五反田邸に無事到着のシーンなのですが、今回は違います。


「はい」


 樹里は携帯が鳴っているのに気づき、五反田邸への道すがら、通話を開始しました。


 もちろん、歩きながら通話などという下品な事はしません。


「そうなんですか」


 笑顔全開で応じると、


「大丈夫ですよ」


 会心の返事をして、通話を終え、また歩き出しました。


「おはようございます、樹里さん」


 樹里がいつもよりほんの数十秒遅かったので、不安になって門の外まで出てきていたもう一人のメイドの目黒弥生が挨拶をしました。


「おはようございます」


 樹里が笑顔全開で応じたので、弥生はホッとして、


「よかった、何かあったんじゃないんですね。樹里さんが少し遅くなるなんて、今までなかったですから」


 すると樹里は、


「実は、今日は早退させていただきたいのです」


 笑顔全開で驚くべき事を言いました。


「ええっ!?」


 弥生は仰天しました。


(樹里ちゃんが早退する時は、通常の三倍の速さで仕事をこなすのよね……)


 普段でも、樹里の仕事のスピードは尋常ではないので、弥生は嫌な汗を流しました。


「どうしたんですか? 左京さんが捕まったんですか?」


 とんでもない事を言い出す弥生ですが、地の文は賛成派です。


「うるさい!」


 悪口を言われたのを察知して切れる左京です。


「違います。竹林由子さんが体調不良でドラマの撮影を降板したそうなんです」


 樹里が笑顔全開で言ったので、


「そうなんですか」


 弥生は引きつり全開で応じました。


「私に代わりに撮影に参加してほしいと言われたので、承知しました」


 事も無げに樹里は言いました。


「そうなんですか」


 更に顔を引きつらせて応じる弥生です。


 そして、弥生の予想通り、樹里は通常の三倍以上で仕事をこなすと、午後十二時前には五反田邸を出ていました。


「ふへえ……」


 あまりの速さのせいで、元泥棒は玄関でへたり込んでしまいました。


「元泥棒はやめて……」


 そんな状態でも地の文には突っ込む弥生です。




 樹里は駅まで一気に走り抜け、新宿駅まで戻りました。


 そして、左京に事情を説明する電話を入れてから、山手線に乗り換えると、N T K(日本テレビ協会)へ向かいました。


「無理を言って申し訳ありません」


 玄関で出迎えたのは、ドラマのプロデューサーと編成局長です。


「竹林さんが突然、『女優を休業します』と言い出して降板する事になったんです。何が何やらわからないのですが、とにかく代役を立てて撮り直すしかないとなりまして」


 汗を拭きながら、必死に言い訳するプロデューサーです。


「樹里さんなら、セリフがすぐに入るし、どこからも苦情は来ないと確信して、お願いしました」


 編成局長も腰が地面に着きそうなくらいの低姿勢です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 由子が出演する予定だったのは、歴史ドラマのある役です。


 撮影は進んでいましたが、由子が思っている程の役ではなく、撮り直す箇所も少なくてすむので、樹里なら多分大丈夫だし、ギャラも由子のようにごねられたりしないと踏んだ経営陣の嫌らしい考えがあったのは内緒にしておく地の文です。


「内緒で頼む!」


 地の文に土下座をする編成局長とプロデューサーです。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開です。


 


 由子の代役をこなした樹里ですが、撮影は予定より早く終了しました。


 セリフ覚えが悪い上に、すぐに休憩を取りたがる由子に比べて、セリフは一度読めば覚え、休憩は由子の半分以下の樹里は、スタッフばかりではなく、他の出演者を感心させました。


(樹里さん、戻ってきてください)


 それがそこにいた皆の願いでした。そして、


(竹林さん、引退してください)


 それも皆の願いでした。


 


 次の日のスポーツ紙の一面トップは、


「竹林由子女優引退、御徒町樹里女優復帰!?」


 それが一番多くなりました。


「どうしてよりによって、御徒町樹里が私の代役なのよ!?」


 新聞を読んで、更に樹里への恨みを募らせていく由子です。


「御徒町樹里、このままではおかないからね!」


 由子は歯軋りをして地団駄を踏んで、悔しさを表現するという大根役者でした。 


 


 めでたし、めでたし。

 

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