樹里ちゃん、黒川真理沙のピンチを救う?
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
五反田邸の住み込み医師であるヌートがピンチです。
「黒川真理沙です」
真顔で地の文に抗議する真理沙です。可愛いので問題なしだと思う地の文です。
「ヌートさんて誰の事ですか?」
真理沙は警戒しながら、神戸賢太郎に尋ねました。賢太郎は、
「白々しいな。君の事だよ、葉月」
遂には呼び捨てをしました。真理沙はキッとして、
「貴方に名前を呼び捨てにされる覚えはないわ」
賢太郎はクスクス笑って、
「へえ、そうなんだ。君は僕に好意を持っていたけど、自分が実は偽名で生活している泥棒一味なのを考えて、告白できなかったって聞いてるよ」
真理沙の仮面にピシッとひびが入る音がしました。
(何故そんな事を?)
真理沙の顔が朱に染まっていくのを賢太郎はニヤついて見ています。
(そもそも、どうしてここにいる事がわかったの?)
とうとう真理沙の額に汗が滲み始めました。
「そんなに怯えなくていいよ、葉月。僕は君の味方だから」
賢太郎が一歩二歩と近づいたので、真理沙は一歩二歩と後退りました。
「何が目的なの? 恐喝?」
真理沙はいつでも応戦できる態勢です。賢太郎は肩をすくめて、
「まさか。愛しの葉月に恐喝なんてする訳ないだろ? 僕らは相思相愛なんだよ」
「嘘を吐かないで。貴方は私の事なんか、全然興味ないでしょ! ずっと前からわかっていたんだから!」
真理沙は涙ぐんで叫びました。その一瞬の気の緩みを賢太郎は見逃さずに一気に真理沙に近づくと、
「何がわかっていたんだよ? 俺がお前に興味がないだって?」
真理沙をグイッと抱き寄せ、顔を近づけました。
「放して!」
真理沙は賢太郎を押しのけようとしましたが、全く動けません。
「俺はお前が大好きだよ。殺してやりたいくらいにね」
賢太郎の右手が真理沙の首を掴みました。
「ぐう……」
真理沙の息が止まりそうになります。
「殺す前に教えて。貴方はどうして私の素性を知っているの?」
苦しい息をしながら、真理沙が言いました。賢太郎は目を見開いて、
「冥土の土産に教えてやるよ。俺の兄さんは、野矢亜剛。世界犯罪者連盟の幹部さ」
真理沙は唖然としました。地の文は野矢亜剛の事を思い出すのに時間がかかりました。
(神戸君が、あの世界犯罪者連盟の野矢亜剛の弟?)
賢太郎は真理沙を睨みつけて、
「兄さんが警視庁に逮捕されたのを知って、俺はその理由を調べた。時間がかかったよ。なかなかわからなかった。だが、世界犯罪者連盟の残党の人達に助けられて、何とか兄さんを陥れた連中を突き止めた。それがドロントというコソ泥一味だった」
真理沙から離れて窓の近づきました。
「メンバーを調べていて、驚愕したよ。君がいたからね。大学を卒業して離れ離れになってしまってからも、片時も忘れた事がなかったから、写真を見せられてすぐに君だとわかった」
何故か賢太郎は泣いていました。
「神戸君……」
真理沙も涙ぐみました。
「僕は兄が世界犯罪者連盟の幹部だったから、君とは交際できないと思い、告白しなかった。そして、君も同じだったと知り、何て皮肉なと思ったよ」
賢太郎は振り返って、
「刑務所に面会に行って、兄と話した時は、復讐をしようと誓った。でも、さっきまでその意志は揺らがなかったのに、君と話しているうちにどんどん崩れていくのがわかった」
「……」
真理沙は波も言わずに賢太郎を見つめています。
「やっぱり捨てられなかった。君への思いを。あの頃の楽しかった日々を」
「神戸君」
真理沙は大粒の涙をぽろぽろと媚びしながら賢太郎に近づくと、彼を優しく抱きしめました。
「私もよ。貴方が私を見てくれないのを酷いと思って、二度と会わないと思った。でも、ついさっき再会した時、貴方への思いを断ち切れていなかった自分に気づいたの」
「葉月さん」
賢太郎も真理沙を抱きしめました。
「葉月でいいわ、賢太郎」
二人は二十年ものインターバルを超えてお互いにその思いを告げられたのです。
「二十年も経っていません!」
地の文の大袈裟な表現に抗議する真理沙です。
「失礼致します」
ノックをして樹里が再び入ってきました。
「紅茶のおかわりは如何ですか?」
樹里が笑顔全開で尋ねると、真理沙は、
「首領、樹里さんはノックと同時に入ってきたりしませんよ」
すぐに有栖川倫子ことドロントの変装だと見破りました。
胸の小ささは誤魔化せなかったようです。
「違うわよ!」
変装を解きながら、地の文に切れる倫子です。
「よかったわね、ヌート。お互いの気持ちが知れて」
倫子も涙ぐんでいます。
「はい」
真理沙は賢太郎と顔を見合わせてから、頷きました。
「首領も早く、あの人と……」
真理沙が言いかけると、
「やめて! 今は思い出したくないわ!」
テーブルにティーポットをドンと置くと、スタスタと部屋を出ていく倫子です。
真理沙はまた賢太郎と顔を見合わせて微笑みました。
「葉月」
「賢太郎」
誰もいなくなった部屋で、二人は熱い口づけをしました。
(おお、凄い。ヌートさん、やるう!)
しっかりドアの隙間から覗き見ている目黒弥生です。
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で言ったので、
「ウヒャア!」
驚いて飛び上がる弥生です。
「キャビー」
倫子が弥生を呼びました。
「どうしたんですか、首領?」
ニヤニヤしながら近づく弥生です。倫子は声を低くして、
「しばらく、ヌートを見張って。あの子、すっかり気を許しているみたいだけど、まだ私は神戸賢太郎を信用していないので」
「ええ?」
弥生は思いました。首領は幸せな人が大嫌いなんだなと。
「思ってないわよ!」
焦って地の文に切れる弥生です。それを半目で見ている倫子です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。