樹里ちゃん、厄介者にリベンジされる?
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
先日、不甲斐ない夫の杉下左京の元先輩の分倍河原諒太郎という男が探偵事務所に居座り、一人で宴会騒ぎをしていました。
「勅使河原だよ!」
地の文の名前ボケにどこかで切れる勅使河原諒太郎です。
ところが、樹里が次女の冴里と三女の乃里を迎えに行って事務所に顔を出すと、
「今日はもう帰るわ。じゃあな」
何故か、勅使河原は怯えたように事務所を出て行ってしまいました。
遂に樹里は「戦わずして勝つ」という達人の域に達したと思う地の文です。
「テシさん、昔悪さが過ぎたからな。きっと、警察庁時代の璃里さんを知っていて、樹里の事を璃里さんだと思ったんだろう」
左京がヘボ推理をしました。
「うるさい!」
地の文の解説に早速ケチをつける左京です。
「そうなんですか? 璃里お姉さんと私は、そんなに似ていますか?」
樹里は小首を傾げて左京に尋ねました。
(か、可愛い!)
樹里の自然な仕草に欲情してしまう左京です。
「やめろ!」
当たっていたので、動揺しながら地の文に切れる左京です。
(樹里は璃里さんと瓜二人なのを自覚していないのか?)
相変わらずの樹里の反応に微笑ましくなる左京ですが、心の奥底では嫌らしい事を考えているのは内緒です。
「内緒にしとけ!」
血の涙を流して地の文に切れる左京です。
(っていうか、御徒町一族の人達は、全員ほとんど見分けがつかないのだが?)
苦笑いする左京です。でも、すでに三十二歳になった璃里よりも、まだ二十代の樹里の方が好みです。
早速、璃里にメールをしようと思う地の文です。
「お願いですから勘弁してください」
真顔の樹里も怖いけれども、年齢の事になると璃里はもっと怖いと知っている左京が地の文に懇願しました。
「では、行って参りますね」
樹里は昭和眼鏡男達とJR水道橋駅へと向かいました。
台詞がなくてもきっちりと仕事をこなす眼鏡男達ですが、背中が震えているのがわかる地の文です。
「いってきます!」
長女の瑠里はボーイフレンドのあっちゃんと共に小学校へ行きました。
「パパ、いっちゃうよ!」
「ちゃうよ!」
冴里と乃里が仁王立ちで左京に告げました。
「わかったよお、冴里、乃里」
いつものようにデレデレして二人を連れて保育所へ向かう左京ですが、
「おはよう、左京」
そこへ賽の河原が現れました。
「勅使河原だよ!」
地の文の二度目の名前ボケに切れる勅使河原です。
「テシさん、今は娘達を保育所へ連れて行く途中なので、待ってもらえませんか」
左京は小声で頼みました。
「ああ、いいよ。待ってやるから、事務所の鍵くれ」
横柄な態度で左京に言う勅使河原です。
「ここで待っていてください。すぐに戻りますから」
流石に鍵は渡せないと考えた左京は、勅使河原から顔を背けると、二人の娘を連れて、保育所へ歩き出しました。
「わかったよ。随分と偉くなったんだな、左京」
勅使河原の嫌味にも左京は反応せず、そのまま歩きました。
「パパ、だあれ、あのおじいちゃん?」
冴里が言いました。「おじいちゃん」発言に左京は苦笑いをして、
「パパの昔の先輩だよ」
「センパイ? おっぱいのこと?」
全く他意なく尋ねる冴里です。左京は顔を引きつらせて、
「ちょっと違うかな。とにかく、急ごうか」
左京は歩くのが遅い乃里を背負うと、冴里の手を取ってペースを速めました。
「わーい、すすめえ!」
乃里は大喜びですが、冴里は、
「のりだけずるい! さーたんも!」
左京にぶら下がろうとしました。
「いやいや、無理だって! お迎えの時は、冴里をおんぶするから」
「やくそくだよ」
若干信用していない顔の冴里です。
(左京、俺はしつこいぜ。どこまでもお前に関わって、骨までしゃぶってやるからな)
勅使河原はニヤリとして左京達を見送りました。
(この前、事務所に現れたのは、お前の女房だって事は調べがついた。何も恐れる事はねえってわかったよ)
不敵な笑みを浮かべ、勝手に樹里の家の門扉を開いて庭に入りました。
「樹里の家でいいです」
どこかで項垂れて言う左京です。
「よっこらせと」
勅使河原は、ゴールデンレトリバーのルーサが唸って威嚇しているのを物ともせず、玄関の前に腰を下ろしました。
(ケージに入っている犬なんざ、全然怖かねえよ)
勅使河原はルーサの威嚇を鼻で笑いました。
「あん?」
すると、門扉を開いて入ってきた女性がいました。
(左京の女房か? この前は脅かしやがって。今日はそうはいかねえからな)
勅使河原はスッと立ち上がると、女性に近づきました。
「どうしました、奥さん? お忘れ物ですか?」
ニヤリとして尋ねる勅使河原ですが、
「どちら様ですか?」
女性が尋ね返しました。勅使河原は肩をすくめて、
「これは失礼しました。私は、ご主人の元同僚の勅使河原諒太郎と申します」
「勅使河原さん?」
女性は記憶を辿るような仕草をしていましたが、
「ああ、店で悪酔いしてゲロ吐いて、ついでに寝小便をして迷惑かけられた、ダダ漏れテシちゃんなの?」
ポンと手を叩いて勅使河原を見上げました。
「え?」
全身から嫌な汗が迸る勅使河原です。
「あ、あれ? 左京の奥さんじゃないのですか?」
すると女性はガハハと大笑いして、
「違う違う。私は左京ちゃんの姑の由里よん、ダダ漏れテシちゃん」
勅使河原の顔色が蒼くなりました。汗も滝のように流れ落ちています。
「し、失礼しました!」
勅使河原は脱兎の如き勢いでその場から走り去りました。
「何だ、あいつ? 失礼な奴だな」
由里がムッとしていると、
「いらっしゃい、由里さん。どうしたんですか?」
左京は勅使河原がいないので、辺りを見渡しながら庭に入ってきました。
「さっき、ずっと昔、助けてあげただらしのない男に会ったんだけど、たった今、いなくなっちゃったのよ」
由里はオーバーに肩をすくめて言いました。
「そ、そうなんですか」
全てを察した左京は、樹里の口癖で応じました。
めでたし、めでたし。