樹里ちゃん、探偵助手になる
御徒町樹里は居酒屋のメイドです。
その知名度は抜群で、各政党から「比例代表で」と誘いがあったほどです(嘘です)。
樹里の婚約者になった杉下左京が失業してしまったため、樹里は新聞配達も始めようと思ったのですが、左京が泣いて止めたので、諦めました。
そして数日後、左京は義理の母親となる由里の援助もあり、都心の一等地に「杉下左京探偵事務所」を開業しました。
開業日には、元同僚の神戸蘭も姿を見せ、左京を励ましました。
「何か力になれる事があったら連絡頂戴」
彼女は左京ににじり寄るように告げると、事務所を出て行きました。
「あいつ、本当に俺の事を諦めたのか?」
嫌な汗をたくさん掻いた左京は、事務所に備え付けのシャワールームでリフレッシュしました。
「それにしても、全然電話が鳴らないな」
「所長」のプレートが立てられた机にしがみつくように座り、左京は電話を睨んでいます。
「只今帰りました」
樹里がチラシとティッシュ配りを終えて、戻って来ました。今日は喫茶店はお休みです。
「おう、お疲れ。どうだ、反応は?」
左京が尋ねます。樹里は笑顔全開で、
「今日は立川まで行きましたが、飯能は行けませんでした」
と関東の限られた人にしかわからないボケをかまします。
「地名の話をしてるんじゃないよ! チラシを受け取った人の様子はどうだった?」
左京は言葉を慎重に選んで重ねて尋ねます。
「皆さん、喜んでいました」
「はあ?」
意味がわからない左京は、樹里に近づき、
「おい、ティッシュしか配ってないのか?」
樹里の持っている手提げかごには、チラシがたくさん残っています。
「いらないと返されました」
愕然とする左京です。でも樹里は笑顔全開です。
「直接お話された方が良いのではないかと思って、お連れしました」
「何?」
さすが樹里だ。早速お客を連れて来てくれたのか。
ああ、お前と結婚できるなんて、俺は幸せだ。
左京が妄想していると、樹里が「お客」らしき人を招き入れました。
「立川署の者です。ビラを配るのに、許可を得ていますか?」
「え?」
樹里が連れて来たのは、刑事でした。
左京は慌ててお詫びし、今度からは気をつけますと謝りました。
「樹里、チラシ配りは、最寄の駅でしてくれ」
「はい。申し訳ありません」
左京が謝っているのを見て、樹里も反省したようです。
「最寄り駅がどこにあるのかわからないのですが」
「駅は目の前だろ! 見えないのか?」
左京はついイラッとしてしまいました。
「ええ? 目の前の駅は、五反田駅ですよね。最寄り駅ではありませんが」
樹里の答えに、左京は脱力しました。
(こういう奴だったのを忘れていた……)
その時、電話が鳴りました。
「はい、杉下左京探偵事務所です」
左京が笑顔全開で出ます。
「人を探して欲しいのですが」
若い女性の声です。
「わかりました。詳しいお話を伺いますので、そちらのご住所をお教え下さい」
女性は住所を告げます。
何故か左京の顔が蒼ざめていきます。
「どうされましたか?」
突然黙り込んでしまった左京に、相手の女性が尋ねました。
「ああ、いえ、別に。わかりました、これからお伺いします」
「いえ、その必要はありません」
「は?」
左京は思わず樹里と顔を見合わせます。樹里は何故なのかわからないので、ニコッとしました。
「私はもう、貴方の事務所の前まで来ています」
女性のその答えに、左京の顔色がなくなりました。
そして、ドアが開き、女性警官が入って来ました。
「やっと見つけたわ、左京さん。十年前の約束、果たして下さいね」
「……」
何故か、左京は泡を吹いて失神してしまいました。
「左京さん!」
樹里が驚いて左京を抱き起こします。
「貴女が御徒町樹里さん?」
女性警官が尋ねました。
「はい。貴女は?」
樹里は左京を椅子に座らせてから女性警官を見ました。
「私は、宮部ありさ。杉下左京の婚約者です」
「そうなんですか」
何故か笑顔全開の樹里です。ありさはイラッとして、
「そうなんですかって、貴女、全然慌ててないの?」
「はい」
「どうして!?」
ありさはますますイラッとして尋ねました。
「ありささんは、幽霊さんですよね?」
「え?」
ありさがギクッとします。でも、
「だったら、どうなのよ!?」
と逆ギレです。
「いえ、別に」
それでも笑顔全開の樹里です。
「貴女、ボンヤリしてそうでなかなか強かね。いいわ。今日のところは引き下がるわ。左京によろしくね」
ありさはそう言うと、ボンと消えてしまいました。
前途多難を暗示する初日でした。
あひゃあ、ありさを勢い余って幽霊にしてしまった……。
どうしよう?