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樹里ちゃん、町内の夏祭りに参加する

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 現在、五反田氏一家は、アメリカへ行っており、九月いっぱい戻ってきません。


 でも、その三ヶ月の間、樹里は休業補償が受けられるので、無職の夫である杉下左京も一安心です。


「何度も言うけど、無職じゃねえよ! 仕事がないだけだ!」


 あくまでも仕事がないのは自分のせいではないとふざけた言い訳をする左京です。


「くはあ……」


 あまりに痛いところを突かれたので、悶絶する左京です。


 今日は町内の七夕祭りの日です。


 近所付き合いを大切にしている樹里は、事前の準備から参加し、町内会の役員の皆さんに非常に感謝されています。


 それに比べて、左京は手伝いに行っても何もできず、返って邪魔になるので、出入り禁止になりました。


「かはあ……」


 更に痛いところを突かれ、血を吐きそうになる左京です。


「左京さん、一足先に行っていますね。娘達をよろしくお願いします」


 町内会から絶大な信頼を寄せられている樹里は、祭りの最終打ち合わせに行くために出かけました。


「行ってらっしゃい」


 自分の不甲斐なさを噛み締めながら、左京は樹里を送り出しました。


「パパ、はやくおでかけしようよ」


 長女の瑠里が樹里の姿が見えなくなった途端に言いました。


「はやくう」


 次女の冴里もお姉ちゃんの真似をして言いました。


「やくう」


 三女の乃里もその真似をして言いました。


「ダメだ。瑠里は宿題があるだろ? 冴里と乃里は歯磨きをするんだろ?」


 左京は心を鬼にして言いました。


「パパ、きらあい」


 瑠里が冷たい視線を投げかけながら言い、自分の部屋に駆けていきました。


「パパ、きらい」


「きらい」


 冴里と乃里も同じような口調で言うと、洗面所へ走っていきました。


(面白がって言っているだけだと樹里に言われたけど、やっぱり身に堪える……)


 涙ぐんで娘達の後ろ姿を見ている左京です。


(更にこの話を樹里に伝えないといけないのも後ろめたい……)


 樹里は左京から聞いたとは言いません。ママは何でもお見通しだという感じで三人をお説教するのです。


 その時も、娘達を庇える器量がないのも切ない左京です。


(だって、樹里、怖いんだもん……)


 真顔でお説教する樹里は娘達だけではなく、左京も震え上がらせるのです。


 その後、左京は朝食の後片付けとトイレ掃除を終えると、娘達に声をかけました。


「わーい!」


 先程の「きらい」事件はまさしく嘘だったかのように嬉しそうに抱きついてくる娘達を見て、


(こいつら、将来が心配だ)


 あまりにも「魔性の女」を発揮しているので、身震いしてしまう左京です。


(由里さんに似ているのは瑠里だけかと思っていたが、冴里も乃里も似ている気がしてきた)


 そこまで思い描くと、更に怖くなる左京です。要するに由里をディスっているのです。


 早速言いつけようと思う地の文です。


「違う! 断じて違う!」


 某進君の名セリフを真似て地の文に切れる左京です。


 瑠里は浴衣を着たがったのですが、着せてあげられないので、我慢してもらおうと思っていると、


「こんにちは」


 左京が大好きな璃里が、娘の実里と阿里を連れて現れました。


「誤解を招くような事を言うな!」


 動揺しながら地の文に切れる左京です。


「璃里さん、ちょうどよかった。瑠里に浴衣を着せてもらえますか?」


「はい。そのために来たのですから」


 璃里は実里と阿里を見て言いました。二人とも、可愛い柄の浴衣を着ています。


(実里ちゃん、すっかり大人っぽくなったな。瑠里より一歳上なだけなのに。阿里ちゃんもだな。冴里の一つ上だっけ?)


 幼児に興味を持つロリコンを早く逮捕して欲しいと思う地の文です。


「違う! やめろ!」


 血の涙を流して地の文に切れる左京です。


 璃里は手際よく瑠里と冴里、そして乃里にまで浴衣を着せてくれました。


「ありがとうございます、璃里さん」


 お礼のキスをしようとする左京です。


「してない!」


 真っ赤な顔をして地の文の言葉を全力否定する左京です。


「そろそろいい頃合いですね。出かけましょうか」


 璃里が言いました。


「璃里さんは浴衣を着ないのですか?」


 左京が尋ねました。璃里は苦笑いして、


「もう三十歳を過ぎてしまいましたから、ちょっと抵抗あるので着ませんでした」


「いや、浴衣って年齢制限ありませんよ。見たかったなあ、璃里さんの浴衣姿」


 左京が調子づいて言うと、


「樹里に言いつけますよ」


 璃里がニッとして言いました。


「や、やめてください」


 激しく動揺してしまう左京です。


「でも、ありがとうございます。夫は全然そういう事を言ってくれないので」


 璃里の言葉を意味深に解釈した左京はドキドキしてしまいました。


「そ、そうなんですか」


 顔を引きつらせて樹里の口癖で応じる左京です。


 璃里は阿里と手を繋ぎ、瑠里は実里と手を繋ぎ、左京は冴里と乃里と手を繋ぎ、家を出ました。


「あ、たいこのおとだ!」


 瑠里と実里が聞きつけて、駆け出しました。


「転ぶからダメよ」


 璃里が言いましたが、二人は聞こえないふりをしてそのまま駆けていきます。


 すると会場である公園の出入り口から姿を現した樹里に二人が呼び止められ、お説教されました。


 慣れている瑠里は神妙そうな顔をしていますが、実里は予想に反して実は怖い叔母さんに固まっていました。


「最近お転婆なので、樹里に時々叱ってもらおうかしら?」


 璃里が嬉しそうに言いました。すると、


「璃里お姉さん、実里をきちんと叱らないとダメですよ」


 樹里に言われてしまいました。


「はい、申し訳ありません」


 璃里は真顔で頭を下げました。それを見てまた顔を引きつらせる左京です。


 その後、樹里の案内で左京と璃里はお祭りの実行委員会の会長に挨拶し、幾店も出ている屋台を回りました。


 瑠里達五人は、短冊に願い事を書き、竹に結わえてもらいました。


「左京さんは何て書いたのですか?」


 樹里が尋ねました。すると左京は、


「もちろん、樹里とずっと幸せに暮らせますようにって書いたよ」


「ありがとうございます」


 樹里は左京を木の陰に連れていき、キスをしました。


「樹里は何て書いたんだ?」


「もちろん、左京さんとずっと幸せに暮らせますように、ですよ」


「ありがとう」


 今度は左京が樹里にキスをしました。


 


 めでたし、めでたし。

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