樹里ちゃん、内田京太郎の新居に招待される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は日曜日です。
樹里はお休みです。不甲斐ない夫の杉下左京はいつものように仕事がありません。
「ううう……」
反論できる要素がないので、大きく項垂れてしまう左京です。
樹里は、上から目線の推理作家である大村美紗の愛娘のもみじの夫である内田京太郎から新居に招待されました。
三年の歳月をかけて造られた成城の豪邸です。でも、五反田邸と比べると、犬小屋です。
「そうですね」
爽やかな笑顔で、地の文の毒舌を受け流す京太郎です。立つ瀬がない地の文です。
「左京さん、申し訳ありませんが、瑠里と冴里と乃里をよろしくお願いします」
樹里が笑顔全開で言いました。
「おう、任せておけ」
全然信用できない笑顔で応じる左京です。ゴールデンレトリバーのルーサに頼んだ方がマシだと思う地の文です。
「うるせえ!」
痛いところを突かれた左京が地の文に切れました。
「では、行って参ります」
樹里は笑顔全開で門扉を押して出かけました。
「行ってらっしゃい」
左京は笑顔全開でも送りました。これから三人の愛人の誰と会おうかと考えているようです。
「断じて違う!」
某進君の真似をして地の文に突きつけられた不倫疑惑を全面否定する左京です。
あまり不倫を否定すると、全国不倫擁護協会からクレームが入るのでこの辺でやめておく地の文です。
識者によると、良い不倫、普通の不倫、悪い不倫がある模様です。
「いってらっしゃい、ママ!」
長女の瑠里と次女の冴里が笑顔全開で言いました。
「てらっしゃい、ママ!」
三女の乃里も笑顔全開で言いました。
「さあ、瑠里は宿題をして。冴里と乃里は歯磨きだぞ」
左京が言いましたが、
「ええ? るり、しゅくだいあとでするから、あっちゃんにでんわしていい?」
瑠里が上目遣いで尋ねました。
「だ、だめだぞ、瑠里。ママとのお約束を守らないと、叱られるぞ」
左京は三人の中で一番自分に味方してくれる瑠里には甘くなりそうですが、樹里から念押しされているので、踏ん張りました。
「パパ、きらい」
衝撃の一言を放ち、瑠里は玄関へと駆け去りました。右の目から涙がポロリとこぼれる左京です。
「パパ、きらい」
「きらい」
冴里と乃里は何の他意もなく、お姉ちゃんの真似をして駆け去りました。
「くうう……」
膝から崩れ落ちてしまう左京です。
「ワンワン!」
ルーサが、
「お前、バカだな」
あたかもそう言っているかのように吠えました。
樹里は五反田邸と同じルートで電車を乗り継ぐと、内田邸に向かいました。
「いらっしゃいませ」
樹里がドアフォンを押すと、門扉が自動で開き、メイド服を着た女性が現れて挨拶をしました。
「おはようございます、杉下樹里です」
樹里は笑顔全開で応じて挨拶をしました。
「どうぞ」
メイドの女性は笑顔でドアを開き、樹里を通しました。
「失礼致します」
樹里は会釈をして玄関を入りました。
「いらっしゃい、樹里さん。お待ちしていました」
京太郎ともみじが笑顔で挨拶しました。そして、もみじがハッとしました。
「お待たせして申し訳ありません」
樹里は深々と頭を下げました。もみじがすぐに、
「そういう意味で言った訳ではないので、気にしないでください、樹里さん」
苦笑いして樹里に告げました。京太郎は唖然としています。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。もみじはメイドの女性を見て、
「樹里さんにお飲み物をお出しして、矢峠さん」
「畏まりました、奥様」
矢峠と呼ばれた女性は微笑んで会釈すると、奥へと行きました。
「どうぞ」
樹里はもみじと京太郎に先導され、リヴィングルームに案内されました。
「失礼致します」
樹里はソファを勧められて、腰をかけました。
「どうぞ」
矢峠さんが樹里にアイスウーロン茶を出しました。
「ありがとうございます」
樹里が笑顔全開で応じると、矢峠さんは微笑んで応じ、部屋を出ました。
「樹里さん、忙しいのにごめんなさい」
もみじと京太郎が揃って向かいのソファに座りました。
「大丈夫ですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。もみじはホッとして京太郎と顔を見合わせてから、
「最近、母の様子が変なんです」
前から変だと思う地の文です。
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で応じたので、もみじは少しイラッとしてから、
「私、夫の仕事を手伝っているので、母と顔を合わせる機会があまりなくて、母はスマホとかパソコンが得意ではないので、メールでのやり取りもできません。そのせいで、母が不機嫌になっているらしいのです」
美紗が機嫌のいい時はほとんどないと思う地の文です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。もみじは更にイラッとしました。京太郎はそれを感じているのか、ギクッとしました。
「樹里さん、真面目に話を聞いてくれています? 私は母の事が心配なんです!」
遂にもみじが立ち上がって切れました。京太郎はソファから飛び退きました。
「そうなんですか? 本当に心配されているのであれば、お仕事を休んで、お母様のところへ行かれればいいと思いますが?」
樹里は全く怯んだ様子もなく、笑顔全開で応じました。もみじはハッとして樹里を見ました。
「そうですよね、京太郎さん?」
次に樹里は京太郎を笑顔全開で見ました。
「ええ、そうですね」
京太郎は樹里の笑顔に弱いので、つい、同意してしまいました。
「京太郎さん!」
もみじがムッとして睨みつけると、京太郎はピクンとしてもみじを見ました。そして、
「ごめん、もみじ」
あっさりと謝りました。樹里は、
「もみじさん、お母様がご機嫌を損ねているとお思いになるのは、貴女自身がそうだからではないですか? お仕事を少し休まれて、お母様とのお時間をお取りになれば、全て解決すると思いますよ」
ごく正論を言いました。
「そうなんですか」
思わず樹里の口癖で応じてしまうもみじです。樹里の言葉に勇気付けられたのか、京太郎はもみじのそばに座って、
「もみじ、君が頑張っているのは僕が一番よくわかっているよ。少し時間を作って、お義母様とお話をしたらどうかな? それがいいと思うよ」
もみじは目を潤ませて京太郎を見ました。すると樹里が、
「それにもみじさん、少しお仕事を控えた方がいいですよ。お子さんのためにも」
「え?」
もみじと京太郎がほぼ同時に樹里を見ました。樹里は笑顔全開で、
「妊娠されていますよね? 気持ちが不安定になるのは、そのせいもあるかも知れませんよ」
「そうなのか、もみじ?」
京太郎が嬉しそうに尋ねました。もみじは俯いて、
「ええ。もう少しはっきりしたら、言おうと思っていたんだけど」
樹里は笑顔全開で、
「お母様にもお話しする良い機会ですね」
もみじは京太郎と微笑み合ってから、
「はい」
樹里に言ってから、両目から涙を一粒ずつ流しました。
めでたし、めでたし。