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樹里ちゃん、仲直りさせる

 俺は杉下左京。自宅の隣に事務所を構える私立探偵だ。


 先日、暴力団絡みの裁判を巡って、心臓に悪い出来事が立て続けに起こり、難儀した。


 その中でも一番身に応えたのは、樹里の説教だった。


「暴力団からの菓子折りを受け取るなど、元警察官としてあり得ない事です」


 想像以上に樹里は怖かった。確かに法令遵守コンプライアンスという面から考えると、俺の行動は非難されるべきものかも知れない。


「ですから、この菓子折りは、本来受け取るべき方にお渡しします」


 樹里はそう言って、怪盗ドロントと思われる、五反田氏の愛娘の麻耶さんの家庭教師である有栖川倫子さんに菓子折りを渡した。


 有栖川さんは断固として自分がドロントだと認めなかったらしい。


 だが、随分前に自ら正体を明かした気もするのだが、この話はそんな品行方正な物語ではないので、考えない事にした。


 樹里が俺を説教したのは、菓子折りの事だけではない。坂本龍子弁護士とその親友の斎藤真琴さん、そして坂本先生の同期の勝美加弁護士。


 この三人が揉めているのは、全て俺が曖昧な態度を取るせいだとも言われた。


 俺にもよくわからないのだが、三人共、俺に好意があるらしいのだ。


「左京さんが女性に優しいのはいいのですが、度が過ぎると返って相手を傷つける事になるのですよ」


 樹里が真顔で言ったので、小心者の俺はチビリそうになった。


 だが、そこそこポジティヴな俺は、樹里がヤキモチを妬いて、そう言っているのだと解釈した。


「違いますよ」


 真顔で否定された時、少しだけ漏らしてしまったのは絶対に知られたくない。


 心優しい樹里は、三人が揉めたままなのは悲しいと考え、仲直りさせようと思い立ち、三人を探偵事務所に呼んだ。


 都合のいい事に、ぐうたら所員の加藤ありさは、まだ無期限休暇中だ。


「有給休暇だよね?」


 ふざけた事を言ったので、内容証明でそれを全面否定する文書を夫の加藤真澄警部に送った。


「申し訳ない」


 ありさにベタ惚れしている加藤も流石にありさの常軌を逸した言動に呆れ果て、謝罪の電話をしてきた。


「もうありさを働かせたくない」


 加藤はこのまま事務所を辞めさせる方向で話し合うという。ホッとした。


 


 そして、三人が集まる当日の朝。樹里は有給休暇を取って、俺と一緒に事務所で三人が来るのを待っている。


 ママが休むと聞き、次女の冴里と三女の乃里は保育所に行くのを嫌がったが、樹里に真顔で諭され、涙ぐんで行った。


 逆に長女の瑠里は、樹里が真顔で俺を説教しているのを見ていたので、いつもより早く家を出た。


 近頃、物騒なので、本当は小学校まで同行したいのだが、朝早いと、無精髭を生やした状態なので、同行を拒否されてしまうのだ。まさに本日がそうだった。


「もうすぐですね」


 樹里は事務所の壁に掛けられた電子時計を見て言った。約束の時間は九時だ。現在の時刻は八時五十五分である。


 ドアフォンが鳴った。俺はすぐにドアに近づいた。ドアの向こうにいたのは、予想通り、坂本先生だった。


「おはようございます、左京さん」


 満面の笑みで挨拶された。


「おはよう、龍子さん」


 樹里の手前、名前で呼ぶのは嫌なのだが、そうしないとまた泣かれそうなので、頑張って呼んだ。


「おはようございます」


 樹里が笑顔全開で言ったので、ちょっとホッとした。龍子さんは手前のソファの奥に腰掛けた。


 次に来たのは、真琴さんだった。二番手なのを知り、小さく溜息を吐いたのがわかった。


 真琴さんは龍子さんとは反対のソファの手前に腰掛けた。


 更にやって来たのは、勝美加さんだ。彼女はすでに龍子さんと真琴さんが座っているので、ビクッとしたが、


「どうぞ」


 樹里に促されて、龍子さんの隣に座った。樹里、そこは、正面が真琴さんで、隣が龍子さんという地獄のような位置だぞ。


「失礼します」


 美加さんは真琴さんと龍子さんに小さく会釈して腰を下ろした。だが、真琴さんと龍子さんは無視した。


「斎藤さん、坂本先生、年下の私が言うのは失礼かも知れませんが、勝先生が挨拶をしているのですから、きちんと返しませんか?」


 樹里が笑顔全開で告げた。真琴さんも龍子さんも、樹里にそんな事を言われると思っていなかったのか、ギクッとして顔を見合わせてから、美加さんに会釈をした。


 樹里の行動に一番ビビったのは俺だったかも知れない。


「どうぞ」


 樹里はいつの間に淹れたのか、お茶が入った茶碗を三人に出した。


「ありがとうございます」


 三人は異口同音に言った。


「本日はご足労いただき、ありがとうございます。皆さんにお集まりいただいたのは、他でもありません」


 樹里はトレイを俺の机の上に置くと、早速切り出した。三人がハッとして樹里を見た。俺は反射的に直立不動になった。


「私の夫の杉下左京が、皆さんを気遣うあまり、返って傷つけるような事をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 樹里が深々と頭を下げたので、俺も慌てて、


「申し訳ありませんでした」


 頭を下げた。すると、龍子さんが、


「私は別に左京さんに傷つけられたとは思っていません」


 真琴さんも被せるように、


「私もです。傷つけられたなんて思った事はありません」


「私もです」


 美加さんもすぐに言った。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じた。そして、


「では、皆さんがご不快に思っている事はないという事でよろしいのでしょうか?」


 三人はハッとしたようだ。そう言われてしまうと、自分達がいさかいを起こしているのが恥ずかしくなったのだろう。


「お互い、行き違いがあったようだけど、また元のように仲良くしてくれないかな?」


 俺は恐る恐る口を挟んだ。龍子さんが、


「何を言っているんですか、左京さん。私達、喧嘩なんかしていませんよ。ねえ、真琴」


「も、もちろんよ」


 真琴さんは苦笑いして応じた。


「では、勝先生とも何もわだかまりはないのですね?」


 樹里が笑顔全開で尋ねた。美加さんがピクンとした。


「当然ですよ。美加とは長い付き合いですから。ね、美加?」


 まずは龍子さんが言った。美加さんは驚いたように龍子さんを見ていたが、


「え、ええ」


 絞り出すように応じた。樹里が笑顔全開で真琴さんを見る。真琴さんは納得しかねている顔だったが、


「私は、龍子の親友です。その龍子の親友の美加さんとわだかまりなんて、ある訳ないですよ」


 樹里がじっと見ているので、仕方なさそうではあったが、同意してくれた。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じた。


 樹里のお陰で、三人の関係は修復された。


 というか、三人は樹里が怖くて、そうせざるを得なかったのかな? いや、それは樹里に失礼か。


 めでたし、めでたしだ。


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