樹里ちゃん、左京の無事を祈る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
先日、迷探偵の杉下左京が名誉の負傷をしたので、病院までお見舞いに行きました。
「名探偵だよ!」
正しい評価をした地の文に切れるぎっくり腰探偵です。
「くはあ……」
痛いところを直撃された左京は悶絶しました。
しかし、こんなところで悪運が強い左京は、次の日には退院してしまいました。
そのまま再起不能になればよかったと思う地の文です。
「うるせえ!」
希望的観測が表に出てしまった地の文に更に切れる左京です。
「しばらく探偵事務所は休業だ」
左京は時給アップを考えてお見舞いに来た加藤ありさに言いました。
「ええっ!? 困るよお、左京うう。私、収入が断たれちゃうう!」
猛抗議するありさですが、
「勝先生の事務所で雇ってもらえばいいだろう?」
左京の皮肉な一言に黙ってしまいました。
「何れにしても、探偵事務所は廃業しなくちゃならないかも知れない」
左京がボソッと言ったので、
「どういう事?」
後からお見舞いに来た平井蘭警部が襟首を捻じ上げました。
「俺は怪我人だぞ!」
左京は蘭の手を振り払って言いました。
「ようやく、警視庁に戻る気になったのね?」
ニヤリとして言う蘭ですが、左京は首を横に振って、
「違う。俺がこのままこの手の仕事を続けていると、樹里や娘達に迷惑をかけてしまう。だから、探偵も辞めるし、警視庁にも戻らない」
「何ですって!?」
さすが親友というくらいハモって驚く蘭とありさです。
「左京、それは何の解決にもならないわ。連中は貴方がどんな職業に就こうと、命を狙うわよ」
左京は蘭の言葉にギクッとして、
「え? そうなの?」
恐る恐る蘭に尋ねました。蘭は呆れ顔になって、
「当たり前でしょ? 連中が狙っているのは、警視庁時代の左京でもなく、探偵の左京でもないのよ。そんな肩書き、関係ないの。わかってないわね」
止めを刺されたように引きつる左京です。
「あんた、結局貧乏くじを引いてしまったのよ。勝弁護士が美人だから、いい格好しようと思ったんでしょ?」
ありさはドヤ顔で言いました。
「違うよ! 彼女より樹里の方が美人だ!」
突然のおのろけ発言に唖然とするありさと蘭です。
「はいはい。それはいいとして、とにかく、探偵を廃業しても、あんたは狙われるって事よ、左京」
蘭が話を元に戻しました。
「どうしてもそうなのか?」
すがるような目で蘭に尋ねる左京ですが、
「どうしてもよ。しつこいわね!」
蘭が逆ギレしそうになったので、
「わかったわかった! 廃業は保留にする。いずれにしても、樹里と相談してみる」
「そうしなさい。あんた一人で決めていい事じゃないわ」
蘭が言うと、ありさがすかさず、
「探偵事務所を閉めたら、正真正銘のヒモ生活突入だもんね」
その言葉に大きな衝撃を受け、固まってしまう左京です。
「ありさ、そこまで言ったら、さすがに左京が可哀想よ」
そう言いながらも、蘭は必死に笑いを堪えていました。
(こいつら、俺の人生を面白がりやがって!)
いつか仕返ししてやると心に誓う左京です。
そして左京は退院しましたが、樹里には一人でできるからと言って、仕事に行ってもらいました。
帰宅すると、早速帰ってきた長女の瑠里の勉強を見て、夕方になると次女の冴里と三女の乃里を保育所まで迎えに行き、夕食の準備を瑠里としました。
やがて樹里が帰ってきました。
「只今帰りました、左京さん」
樹里が笑顔全開で言うと、
「お帰り、樹里」
最近は日課になってきたキスをする二人です。
そして娘達をそれぞれお風呂に入れて、寝かしつけると、左京は樹里をリヴィングルームへ呼びました。
「樹里、話がある」
「では、瑠里達にも聞かせてあげてください」
樹里の鉄板ボケが炸裂しました。項垂れそうになる左京ですが、
「いや、そういう話じゃなくて、探偵事務所の話だ」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。左京は意を決して、
「この前みたいにおかしな奴が襲撃してくる可能性がある。だから、探偵事務所を廃業しようかと思っている」
「そうなんですか?」
樹里には左京が言っている意味が伝わっていないようです。
「だが、そうなると、俺は本当に樹里の扶養家族になってしまう」
左京は自嘲気味に言いましたが、「不要家族」が正しいと思う地の文です。
「やめろ!」
真剣な話にチャチャを入れるのが生きがいの地の文に激ギレする左京です。
「それでも構わないのか?」
左京は樹里に尋ねました。すると樹里は、
「大丈夫ですよ。蓄えがありますから」
バッグから預金通帳を出して、左京に残高を見せました。
(ゼロが八つ!?)
すでに計算ができない程の残高を見せられ、卒倒しそうになる左京です。
「貧しくても、左京さんが無事でいてくれるのが、私の一番の願いですから」
樹里の両目から真珠よりも美しい涙がポロポロとこぼれ落ちました。
「樹里」
左京は樹里を優しく抱きしめました。
そして思いました。億の蓄えがあるのなら、今すぐに仕事を辞めて、毎日楽しく暮らせるぞ!
「思ってねえよ!」
深層心理を鋭く突いた地の文に動揺しながら切れる左京です。
「ありがとう、樹里。だが、そこまで甘える事はできない。俺は仕事を続けるよ」
左京は無理に作った爽やかな笑顔で応じました。
「そうなんですか」
樹里は涙を拭いながら、笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。