樹里ちゃん、左京を見舞う
平成最後の更新です。
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
先日、樹里の不甲斐ない夫の杉下左京が、暴力団の関東名労会の放った刺客に暗殺されました。
「暗殺されてねえよ!」
自分の希望を述べた地の文にどこかで切れる左京です。
失礼しました。暗殺されかかりましたが、悪運が強いので、助かってしまいました。
「言い方!」
本音を漏らした地の文に更に切れる左京です。
警視庁で事情を訊かれた左京が戻ると、樹里が涙を流して出迎え、左京に抱きつきました。
エロ左京は四人目を作ろうと思いました。
「思ってねえよ!」
畳み掛けるように切れる左京です。
それから一週間、元同僚の平井蘭が護衛の刑事を樹里の家付近に張り付かせましたが、関東名労会は鳴りを潜め、全く襲撃はありませんでした。
「刑事は張り込みさせるのをやめるけど、気をつけなさいよね」
ドヤ顔に蘭にきつく言われ、
「わかってるよ」
仕方なさそうに左京は応じました。
「勝弁護士の事務所や自宅にもそれらしいのが現れなかったから、ほとぼりが冷めるのを待つつもりかもね」
蘭は最後に捨て台詞を吐いて帰って行きました。
「心配し過ぎなんだよ、蘭は」
左京はうんざり顔で呟きました。
さて、樹里はいつも通り、何事もなく五反田邸に着きました。
「樹里さん、その後はどうですか?」
元犯罪者が門のところまで来て尋ねました。
「その言い方、やめなさいよね!」
ほっぺを膨らませて、地の文に抗議する目黒弥生です。全然可愛くないのでやめて欲しいと思う地の文です。
「うるさいわね!」
地の文の感想にいちゃもんをつける弥生です。
「はっ!」
我に返ると、樹里はすでに玄関を目指して歩いていました。
「樹里さん、待ってください! 有栖川先生がお話があるそうですう!」
慌てて追いかける弥生です。
樹里は着替えを済ませてからキッチンへと行き、紅茶を淹れるとドロントの部屋へ行きました。
「ドロントじゃありません! 有栖川倫子です!」
廊下に出てきて地の文に切れる倫子です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じ、倫子と一緒に彼女の部屋に入りました。
「樹里さん、ご主人が関東名労会の刺客に襲撃されたそうですね」
倫子は樹里にソファを勧めて言いました。
「はい」
樹里は途端に真顔全開になりました。倫子は樹里と向かい合って座ると、
「関東名労会は今一番水面下で勢力を伸ばしている暴力団です。拳銃の密輸だけではなく、密造もしていると言われています」
「そうなんですか」
樹里は真顔全開のままで応じました。倫子は紅茶を一口飲んでから、
「樹里さんも気をつけてください。名労会がここ一週間動きがないのが逆に不気味ですので」
すると樹里は、
「それはこのお話が一週間ごとに更新されているからではないですか?」
真顔で強烈なボケをかましてきました。
「このお話って何ですか!? 意味不明な事を真顔で言わないでください!」
動揺しながらも抗議する倫子です。
「そうなんですか」
樹里は真顔全開のままで応じました。
(この方がむしろ疲れる)
うんざりする倫子です。
左京は、襲撃があった日から加藤ありさにも斎藤真琴にも坂本龍子弁護士にも、事務所を休業すると伝えました。
「休業補償は?」
ありさが尋ねたので、
「そんな高級なもの、ねえよ。第一、お前はそこまで働いてねえだろ!」
左京はキレ気味に応じました。
「あっ、そっ」
ありさは言い返す事もなく、肩をすくめると、
「じゃあ、別の仕事に行くね」
ニヤリとして立ち去りました。
(やっぱりクビにするか?)
ありさの後ろ姿を見ながら、左京は思いました。
「全くもう、仕事にならなかったわ」
ここ一週間、刑事が事務所周辺をうろついているので、勝美加弁護士はイライラしました。
美加の依頼人は、警察の厄介になる人達が多いので、警戒してこなくなってしまったのです。
「この一週間の損害を計算して、警視庁に請求してあげようかしら?」
隅田川美波というヘッポコ探偵には無駄に経費をかけているのに妙なところで金に細かい美加です。
(また会えないかしら?)
美加は左京の事を思い出していました。彼女の脳内では、左京はとびきりのイケメンに変換されています。
以前助けてもらったので、補正されているようです。
「先生、内通者の方が見えています」
事務員の女の子が美加に告げました。
「お通しして」
美加は機嫌よく応じました。
「はい」
ホッとしてドアを閉じる女の子です。
「おはようございます、勝先生」
入ってきたのは、ありさでした。やっぱりと思う地の文です。
「何かありましたか、加藤さん?」
美加はソファを勧めて向かいに腰を下ろしました。
「所長が暴力団に狙われたせいで、私、強制的に休みにされたんです」
ありさが肩をすくめて事情を説明すると、
「何ですって!?」
美加が突然立ち上がって詰め寄りました。
「わわっ!」
それに驚いたありさは、ソファから立ち上がりました。
「詳しく話してください、加藤さん!」
美加はテーブルをまたいでありさに近づきました。
「わ、わかりました」
ありさは目を見開いて応じました。
ありさから事情を訊いた美加は意気消沈してソファにしゃがみ込んでしまいした。
「どうしたんですか、先生?」
意味不明な美加にありさが尋ねましたが、
「ごめんなさい、加藤さん。午後の時給はつけますので、今日はこのまま帰っていただけますか?」
「そういう事なら、帰りますね。失礼しました」
万事が金のありさは、美加の変貌にまるで興味を示さず、事務所を出ました。
「あ、加藤さん、おはようございます」
そこへ美波がやってきました。ありさは、
「おはよう、隅田川さん。先生、ご機嫌悪いから、気をつけてね」
それだけ言うと、立ち去りました。
「え? そうなんですか?」
ギクッとする美波です。
(水増し請求がバレたのかな?)
この女も万事が金のようだと思う地の文です。
「今日はやめとこう」
美波は踵を返すと、その場を離れました。
それを離れたところから見ている黒尽くめの男二人がいました。
更にそれを左京が見ていました。
(ありさの奴の後を尾けてきたら勝先生の事務所だったのは予想通りだったが、あいつらは何者だ?)
黒尽くめの男二人が美加の事務所があるビルへと歩き出しました。
(やっぱりそうか?)
左京も動きました。男達は予想通り、ビルに入って行きました。
(名労会の刺客?)
左京は走ってビルへ飛び込みました。男達の乗ったエレベーターはすでに上がり始めていました。
「くそ!」
左京はロビーにある掲示板を見て、美加の事務所の階を確認すると、階段を駆け上がりました。
「グオ……」
その途端、左京は動けなくなりました。
(何故このタイミングで……)
昔やってしまったぎっくり腰が再発したのでした。痛みに堪えて頑張り、救急車を呼んでから、蘭に連絡しました。
「今、勝先生の事務所があるビルだ。不審な男が上がっていくのを見た。すぐに誰かよこしてくれ!」
必死になって叫びましたが、
「早とちりよ、左京。それはウチの捜査員。事情を訊きに行かせたの」
蘭が笑いを堪えて話しているのを感じ、悔しくて涙が出そうになった左京です。
「左京さん、気をつけてくださいね」
樹里は長女の瑠里と次女の冴里、そして三女の乃里を伴い、入院した左京のお見舞いに来ました。
「面目ない……」
恥ずかしさで顔が真っ赤になる左京です。
めでたし、めでたし。
令和に会いましょう。