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樹里ちゃん、左京の危機に涙する

 俺は杉下左京。自宅の隣に事務所を構える私立探偵だ。


 先日、何かと関わりのある勝美加弁護士が黒尽くめの男に脅されているのを目撃し、声をかけて助けた。


 黒尽くめの男は決してあの探偵坊主とは関係なく、ある暴力団の幹部だと元同僚の平井蘭警部に教えられた。


 心配性の蘭は、気をつけろとうるさかったが、俺は別に何をした訳ではなく、只単に顔見知りの勝弁護士に声をかけただけだ。


 いくら暴力団絡みだと言っても、そんな事で命を狙われるとは思っていなかった。


 ところが、その次の日の夜、仕事から帰った樹里が、


「関東名労会の方が、左京さんを消せと指令を出していたそうです」


 スーパーでタイムセールの安い肉を買ってきたような調子で言った。


 その情報は、いつも樹里を迎えに来るあのおかしな連中からのものだそうだが、あいつらは様子は変だが、その辺りの事に関しては一流と言っても過言ではない。


 俺はいつになく緊張してきた。


 もしかして、本当にやばい事になっているのかと焦ってしまった。


 だが、それから一週間程経ったが、何事もなく、家におかしな手紙が届く事はなく、最近開設した探偵事務所のホームページにも何の書き込みもメールも届かなかった。


(やっぱり、取り越し苦労だったな)


 俺はホッとした。だが、それは甘かったのだという事を知る事になる。


 


 その日は仕事もなく、暇だった。いつもだろうとかいう突っ込みはなしにして欲しい。


「どうした、ルーサ?」


 いつも来る宅配便の車に向かって、ゴールデンレトリバーのルーサがいつになく吠えた。


 俺はルーサをたしなめながら、門扉に近づいた。


「む?」


 そして、門の向こうに立っている宅配のあんちゃんに何か違和感を覚えた。


「いつもの人はどうしたんですか?」


 俺はそのあんちゃんがいつもの人かどうか覚えていなかったが、カマをかけてみた。


「担当が風邪で休んだので、代わりに来たんです」


「なるほど、そうなんですか」


 俺は愛想笑いをしつつ、あんちゃんに近づいた。あんちゃんは右手で荷物らしき物を持っていたが、左手は身体の後ろに隠したままだ。もしかすると?


「死んでください、杉下左京さん」


 あんちゃんは営業スマイル全開のままで左手を門扉の上に突き出した。ルーサが更に激しく吠え出したので、事務所にいたありさが飛び出してきた。


「左京!」


 ありさはあんちゃんが持っている拳銃に気づいて叫んだ。俺はあんちゃんが一瞬ありさに気を取られたのを見逃さなかった。


「うりゃ!」


 門扉を強く押して、あんちゃんを塀と門扉で挟んだ。


「ぐへ!」


 その衝撃であんちゃんは拳銃を落とした。右足で拳銃を蹴って路地の向こうまで飛ばすと、次に門扉を引いてもう一度あんちゃんをサンドウィッチにした。


「……」


 あんちゃんは白目を剥いてそのまま地面にずり落ちた。


 


「だから言ったでしょ」


 通報で駆けつけた警察官の中に蘭がいた。そこで俺は、樹里が聞いた話を伝えた。


「関東名労会ですって? やっぱりあの弁護士先生の担当している事件とつながっているのね」


 蘭は溜息を吐いて、


「どうしてすぐに警察に相談しないの? あんた、元刑事でしょ?」


 俺は蘭の説教を聞くのはごめんだと思ったので、


「悪かったよ。情報源が情報源なので、間違いかも知れないと思ってさ」


 下手な言い訳をした。


「何言っているの! あの人達は今まで幾度となく正確な情報を提供しているでしょ? 忘れたの?」


 蘭はますますヒートアップした。俺は話を逸らそうと思い、


「それより、弁護士先生の方が危ないんじゃないか?」


「言われるまでもなく、別働隊が向かっているわ」

 

 蘭はドヤ顔で言った。見渡してみると、いつも一緒の平井拓司警部補がいない。


「取り敢えず、左京は過剰防衛の疑いがあるので、一緒に来てもらうから」


 蘭は真顔で言った。


「何だと!?」


 俺は仰天した。これから仕事に行かなければならないし、事務所をありさ一人にしておいたら、何をするかわからない。


「心配しなくていいわよ。ありさにも来てもらうから」


 蘭はニヤリとして、イケメンの鑑識課員に話しかけている能天気なありさをチラッと見た。


 


 しばらくぶりの警視庁さくらだもんはさして変わってはいなかった。


 事情聴取というより、蘭の説教タイムだった。ありさもうんざり顔で聞いていた。


 ようやく解放されたのは、日が西に傾きかけた頃だった。


「左京さん!」


 家の前で警察の車を降りると、涙声の樹里が駆け寄ってきて抱きつかれた。どうやら、仕事を早退したらしい。


「よかった、無事で」


 目を潤ませた樹里が俺の顔を見上げた。可愛い。確か、樹里は今年で二十九歳だが、まだ高校生でも通るくらい若く見える。


「すまなかったな、心配かけて」


 俺は樹里の頬を伝わる涙を指で拭って言った。そして、肩を抱いて家に入った。


「パパ、おかえり!」


 何も知らされていない長女の瑠里、次女の冴里、三女の乃里が玄関で出迎えてくれた。


「おう、只今」


 俺が笑顔で娘達に応じた。すると瑠里が、


「パパ、ママをなかしちゃダメだよ。るりがゆるさないからね」


 冴里も真似して、


「さりもゆるさないからね」


 乃里も、


「ゆうさないからね」


 その可愛さに鼻の下が伸びる。


「わかったよ」


 三人は夕食の途中だったらしく、キッチンへと駆けていった。


 俺は樹里を呼び止めて、キスをした。


 だが、考えてみると、まだ解決した訳じゃない。関東名労会が潰れた訳ではないのだ。


 蘭は私服刑事を護衛としてしばらく家の近くに張り込ませると言っていたが、それでも万全じゃない。


 樹里や娘達のためにも警戒しなければと思った。

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