樹里ちゃん、今度こそ探偵に訪問される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
先日、私立探偵の隅田川美波の訪問を無意識のうちに阻止した樹里は、北陸三県で休暇を満喫しました。
そして、不甲斐ない夫の杉下左京は、いつも通り万年休暇を満喫しました。
「うるせえ!」
一番気にしている事をズバリと言ってしまう地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
「御徒町樹里にこちらの計画を知られている可能性があります」
自分のマヌケぶりを棚に上げて、美波は雇い主である勝美加に請求書を持って行きました。
「さすが元メイド探偵ね。勘が鋭いのかも」
現実と架空の区別がつかない美加が眉をひそめて言いました。
(やっぱりバカだ、この人)
そうは思いながらも、特別手当を何も言わずに口座に振り込んでくれたので、口にしないあざとい美波です。
「では、作戦を変更しましょう。今度は私が直接お詫びに行く事にします」
美加が予想もしない宇宙空間から身の毛も弥立つ攻撃を仕掛けてきたので、
「いえ、私が行きます。先生にそんな危険な仕事はさせられません」
如何にも美加の心配をしているふりをして自分の手当を増やそうと画策する美波です。
「私の身を案じてくれているの? ありがとう、亀島川さん」
感謝しながらも名前ボケをぶっ込んでくる美加です。
「隅田川です」
すかさず訂正の突っ込みを入れる美波です。
こうして、再び五反田邸を訪れる事になった美波は、今度は事前に樹里が出勤している事を確認してから、邸に向かいました。
そういう事なので、昭和眼鏡男も、保育所の男性職員の皆さんも、登場の機会を失いました。
何かを叫んでいるようですが、全力で無視する地の文です。
「電話、受けちゃったんですか、樹里さん?」
樹里より先に出ようとした目黒弥生ですが、樹里が電話の近くにいて出られてしまったので、苦笑いしました。
「はい」
笑顔全開で応じる樹里です。弥生は樹里に近づいて、
「あの探偵、様子がおかしいですよ。会わない方がいいんじゃないですか?」
耳元で言いました。
「そうなんですか」
樹里も弥生の耳元で言いました。
「アハン」
弥生は小さい子には聞かせられないような卑猥な声を出しました。
「違うわよ!」
顔を真っ赤にして地の文の名推理を否定する弥生です。
「はっ!」
我に帰ると、樹里はすでに庭掃除に行っていました。
「樹里さん、待ってください、私も行きますう!」
涙ぐんで樹里を追いかける弥生です。
樹里と弥生が庭掃除を終えて、玄関に戻ってきた時、美波が現れました。
「いらっしゃいませ」
樹里は深々と頭を下げました。
「たびたび失礼致します」
作り笑顔で応じる美波です。
そのまま美波は応接間に通されました。
「樹里さん、お茶は私が淹れます」
弥生は樹里を制して応接間を出ました。
「先日は大変失礼致しました」
美波は樹里に頭を下げました。
「そうなんですか?」
何の事かわからない樹里は首を傾げて応じました。
「勝弁護士は、あの件で坂本先生に叱責されて、それがショックで伏せっておりまして、勝の代わりに私が参った次第です」
「では私の勝ちという事ですか?」
樹里が笑顔全開で尋ねました。
「いや、その参ったではないです」
顔を引きつらせて応じる美波です。
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で応じた時、話の腰を折るように弥生が入ってきました。
「そうでもないでしょ!」
見事なタイミングで入ったと思っている弥生が地の文に切れました。
「どうぞ」
弥生は毒入りのコーヒーを美波に出しました。
「入れてないわよ!」
無実を主張する元泥棒です。
「だからそれはやめてって言ってるでしょ!」
弥生は血の涙を流して地の文に抗議しました。
「勝から、樹里さんにお詫びの印としてお持ちました」
美波は持っていた鞄からワインの箱を出しました。
(うわ、これ、一本ウン万円はするワインだ!)
金目のものを見ると目の色が変わる弥生です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「勝は心から反省していると、ご主人にもお伝えください。それでは失礼致します」
美波は早口で告げると、そそくさと応接間を出て行きました。
「見送りは結構です」
後から出てきた樹里と弥生に言うと、美波は五反田邸を去りました。
「毒でも入っているんじゃないですか?」
弥生が責任転嫁をしようとしました。
「そうじゃないでしょ!」
コーヒーと勘違いした地の文に涙目で切れる弥生です。
「だから、コーヒーにも毒は入っていないわよ!」
更に切れる弥生です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
「そう。とうとう、御徒町樹里に復讐する事ができるわね」
美波からの報告をスマホで受けた美加はニヤリとしました。
「ありがとう。成功報酬は弾むわよ、昭和用水さん」
美加が渾身の名前ボケをすると、
「もはや川もついてないですよ! 隅田川です」
力強く突っ込みを入れる美波です。
「お帰り、樹里」
いつものように仕事がなくて暇だったので、夕食の支度も三人の娘の入浴も完了して、樹里を出迎える主夫です。
「ううう……」
的確なコメントをした地の文に返す言葉もなく項垂れる左京です。
「只今帰りました、左京さん」
二人は娘達がテレビに夢中になっているので、キスをしました。
「あれ、それ何?」
左京が目ざとくワインの箱に気づきました。売れば何万円になるかなと思ったようです。
「思ってねえよ!」
濡れ衣を着せたら右に出る者がいない地の文に切れる左京です。
「ワインですよ。弥生さんの話ですが、高いものらしいです」
樹里が笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
左京は箱を樹里から渡されて、嬉しそうに樹里の口癖で応じました。
「私、ワインを飲むと眠ってしまうので(樹里ちゃん、ワインを嗜む参照)、左京さんが飲んでください」
樹里が言いました。
「いいのか?」
最初からそのつもりだった左京は、白々しい事を言いました。
「うるせえ!」
また地の文に切れる左京です。
こうして、樹里は難を逃れ、左京は意地汚さも手伝って、一晩で全部飲んでしまったので、酷い酔い方をしました。
めでたし、めでたし。