樹里ちゃん、逆恨みをされる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
先日、樹里は左京の不倫相手である坂本龍子弁護士の同期の勝美加弁護士に坂本弁護士との事で、左京がどれ程ひどい人間かをコンコンと説かれました。
「不倫相手じゃねえよ! 坂本先生とはそういう関係じゃねえ!」
どこかで切れる左京ですが、
「私は……」
顔を赤らめて否定しない坂本弁護士です。
そして、美加が樹里に詰め寄ろうとした時、坂本弁護士の親友である斎藤真琴が突然現れ、美加を強引に連れて行ってしまいました。
真琴のおかげで、事なきを得た樹里です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。
「終わらないわよ!」
勝手に終了にしようとした地の文に切れる真琴です。
真琴は日曜日に樹里の家を訪れていました。
実質、建築費のほとんどを樹里が出したので、樹里の家で正解だと思う地の文です。
「ううう……」
探偵事務所に向かう渡り廊下で這いつくばって悶える左京です。
真琴に懐いていた長女の瑠里と次女の冴里は大喜びですが、ほとんど真琴の事を記憶していない三女の乃里は樹里の後ろに隠れてしまっています。
「夫は同席しなくていいのですか?」
リヴィングルームで樹里が笑顔全開で尋ねると、真琴は、
「左京さんがいると、話しづらいので」
苦笑いで応じました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「まことちゃんとパパが、フリンしてるから?」
瑠里が真顔で尋ねたので、真琴はもう少しで飲みかけたコーヒーを噴き出しそうになりました。
「瑠里ちゃん、どこでそういう言葉覚えるの?」
真琴はカップをソーサーに戻して言いました。
「がっこうだよ」
瑠里は笑顔全開で応じました。
「そ、そうなの」
引きつり全開になる真琴です。
「勝美加は、龍子を通じての知り合いなのですが、龍子と飲んだ時、酔った勢いで勝美加の愚痴を言ったんです。それで、勝が樹里さんにも迷惑をかけていると知って駆けつけました」
真琴は居住まいを正して言いました。
「あの時はありがとうございました」
樹里は深々と頭を下げました。真琴はもう一度カップを口にしてから、
「勝にはこってり説教をしましたから、もう二度と樹里さんのところに姿を現す事はないと思います」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。真琴はカップをソーサーにもう一度戻して、
「よくよく話を聞いてみると、勝は龍子の事が大好きなようなんです」
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開なので、真琴はまた苦笑いをして、
「それも、友達としてとか、弁護士の同期としてとかではなく、その、女性として好きみたいなんです」
「そうなんですか」
樹里は更に笑顔全開で応じました。真琴は真顔になり、
「このままだと、勝の妄想が暴走して、左京さんを本当に訴えかねません。龍子には私から話しますので、左京さんに龍子からの仕事を受けるのをやめさせて欲しいんんです」
「そうなんですか」
樹里はようやく真顔になりました。それを見た途端、瑠里と冴里がビクッとしました。
「よろしくお願いします」
真琴はそれだけ告げると、帰って行きました。
「るりはいいこだから、おべんきょうするね」
作り笑顔全開で言うと、瑠里は自分の部屋に行きました。
「さーたんも!」
勉強はしていないのですが、冴里も身の危険を感じて、部屋へ行きました。
「そうなんですか」
樹里はまた笑顔全開で応じました。
「ママ、おちっこ」
乃里は樹里の真顔には全くトラウマがないので、いつも通りです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じ、乃里をトイレに連れて行きました。
その頃、日曜日だというのに弁護士事務所にいる美加は、探偵の隅田川美波を呼び出していました。
(休日出勤手当が破格でなければ、仮病で休んでいるのに)
金に目が眩んだ自分を情けないと思う美波です。
「卑怯にも、御徒町樹里は斎藤真琴という凶暴な女を使って、私を脅迫しました。許せるものではありません」
バンと机を両手で叩く美加です。
「はい」
空返事をする美波です。
「そこで、綾瀬川さんに頼みがあります」
真顔で名前ボケする美加です。
「隅田川です」
真顔で訂正する美波です。しかし美加は全くそれには触れずに、
「御徒町樹里の弱点を探ってください。あの女が泣き叫ぶところを見たいのです」
ニヤリとして美波を見ました。美波は一瞬、ビクッとしましたが、
「わかりました。全力で調査します」
もっとふっかけてやろうと思いながら言いました。
「お願いしますね、入間川さん」
更に美加が名前ボケをしたので、
「隅田川です」
素早く訂正して、
(四倍ふっかけてやろう)
心の中でほくそ笑む美波です。
樹里は洗い物を済ませてから、探偵事務所へ行きました。
日曜日でありさがいないので、左京は安心して真琴からの話を聞きました。
「あの先生、そっち系なのか。なるほどね」
腕組みをして大きく頷く左京です。
「左京さんは、坂本先生からのお仕事を受けたいでしょうが、仕方がないと思います」
樹里が笑顔全開で言ったので、左京はギクッとして、
「いや、俺は別に坂本先生からの仕事は受けなくても平気だよ」
「でも、ここ三ヶ月の間にこなした仕事は、ほとんどが坂本先生からの紹介でしたよね?」
心配そうな顔で左京に尋ねる樹里です。左京はハッとして、
(何だ、そういう意味か)
樹里が嫌味を言う訳がないと改めて思い、
「そうだな。これからは、もう少し営業にも力を入れようと思うよ」
「それなら大丈夫ですよ」
樹里が言ったので、左京は、
(また自分でするとか言い出すんじゃないだろうな?)
ドキドキして続きを待ちました。すると樹里は、
「真琴さんが仕事を紹介してくれるそうですから」
笑顔全開で別の角度からのボケをかましました。
「ええ!?」
左京は仰天しました。
(それって要するに、真琴ちゃんが間に入るだけなのでは?)
またややこしくなりそうなので、嫌な汗をたんまりと掻く左京です。
めでたし、めでたし。