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樹里ちゃん、なぎさの出産に立ち会う

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 その日、まだ夜も明けない時刻、樹里の携帯が鳴りました。


「おはようございます、なぎささん」


 それにも関わらず、笑顔全開で応じる樹里です。


 隣のベッドで寝ている元夫は高いびきで目を覚ましません。


 不倫相手の某弁護士との逢い引きで疲れ果てているようです。


「違う!」


 寝ぼけながらも、地の文に全力で切れる左京です。


「それから、元夫じゃねえ! 今でも夫だ!」


 二段切れする左京です。


「樹里、赤ちゃんが出てきちゃいそうなの! 早く来て!」


 なぎさの悲痛そうな叫び声が受話口から聞こえました。


「わかりました。すぐに伺いますね」


 樹里はさっと着替えをすませると、


「左京さん、子供達をよろしくお願いします」


 それだけ告げて、家を出ました。


「そうなんですか」


 あまりの急展開に樹里の口癖で応じるのが精一杯の左京です。


 


 樹里は白々と明けてきた空を見てから、なぎさの家に向かって走りました。


 夫の栄一郎が長期出張で、なぎさは愛息の海流わたると二人きりなのです。


「なぎささん、着きましたよ。玄関のロックを開けてください」


 樹里はインターフォンに言いました。少しして、ロックが解除される音がしました。


 樹里はドアノブを回して中へ入ると、


「海流君、ママは?」


 ドアロックのリモコンを持って、不安そうな顔で玄関の上がり框の手前に立っている海流に声をかけました。


「トイレ」


 今にも泣き出しそうな声で海流が言いました。樹里は素早く靴を脱いで上がると、海流を抱きしめるようにして、廊下の奥にあるトイレの前に行きました。


「なぎささん、樹里です。大丈夫ですか?」


 樹里が真顔全開で尋ねました。すると、


「大丈夫じゃないよお。赤ちゃんの頭が出てきてるの。何とかして!」


 なぎさが涙声で叫びました。樹里は海流に部屋に戻っているように告げると、


「なぎささん、ドアのロックを開けられますか?」


「無理だよお。今、手を放したら、赤ちゃんが落ちちゃう!」


 なぎさの声は悲鳴に近くなってきました。


「両手で支えているのですか?」


 樹里がまた尋ねます。


「違うよ、右手だけだよ。左手はスマホ持ってるから、ドアを開けられないよお」


 さすがなぎさです。落語並みのボケだと思う地の文です。


「では、左手のスマホをどこかに起きてください。そして、ロックを解除してください」


 樹里が笑顔全開で言いました。


「ああ、そうか。樹里、あったまいい!」


 普通の人なら、呆れ返ってしまうような返事をするなぎさですが、ロックが解除されると、樹里はすぐにドアを開きました。


 なぎさは中で中腰状態で右手を股の間に入れています。いつもそうなのでしょうか、下に履いているものは全てトイレのドアに設置されているフックに引っ掛けられていました。


 要するに今、なぎさは下半身丸出し状態です。左京が知ったら、喜んで走ってきそうです。


「やめろ!」


 誹謗中傷をした地の文に顔を赤くして切れる左京です。


 樹里は隙間から見える赤ん坊の頭らしきものを確認すると、


「なぎささん、両手を使って、赤ちゃんの頭を押し戻せませんか?」


「無理! どんどん出てこようとしているの、この子!」


 なぎさは涙を浮かべて言いました。


「わかりました。仕方がありません、ここで産みましょう」


 樹里はまた真顔全開で言いました。


「ええ?」


 なぎさも樹里の提案に驚いたようです。


「ここで産んだら、赤ちゃんが便器に落ちちゃうよ」


 更にボケるなぎさです。


「そうではないです。廊下に出てください。私がタオルを用意しますから、それまで頑張ってくださいね」


 樹里はそう言うと、浴室へ向かいました。


「樹里ー!」


 不安になったなぎさが叫びました。それでも、樹里に言われた通り、なぎさは中腰のままでトイレから出てきました。


 樹里はバスタオルをありっったけ持ってきながら、携帯で救急車を呼びました。


「なぎささん、もういいですよ、産んでください」


 樹里が笑顔全開で言った時、


「限界!」


 なぎさが叫びました。その次の瞬間、幾重にも重ねられたバスタオルの上に新しい命が落下しました。


 樹里がすぐに処置を始めました。やがて、赤ん坊が大きな声で泣き出しました。


 その声にびっくりして、海流が部屋から飛び出してきました。


「海流君、お兄ちゃんになったのですよ。そして、この子が貴方の妹です」


 樹里はバスタオルに包んだ女の赤ちゃんを海流に見せました。海流は色々な思いが溢れて、泣き出してしまいました。


「なぎささん、頑張りましたね」


 樹里は丸出しの下半身のまま腰を抜かしてしまったなぎさにバスタオルをかけてあげました。


 


 しばらくして、救急車が到着し、へその緒が切断され、なぎさと赤ん坊はかかりつけの産婦人科へと運ばれていきました。


 そちらへの連絡も、全て樹里がしました。


 一段落してから、樹里は海流をおんぶして、家に帰ってきました。


「大変だったな、樹里」


 なぎさの下半身丸出しを見損ねた左京が残念そうに言いました。


「やめてくれ!」


 涙ぐんで地の文に懇願する左京です。


 朝食をすませてから、瑠里と冴里と乃里に赤ん坊の誕生を知らせた樹里は、時間を見計らって、栄一郎の携帯にも連絡をしました。


「ありがとうございました、樹里さん。いつもいつも、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


 電話の向こうで、栄一郎が頭をさげている光景が目に浮かぶようだと思う地の文です。


「では、行って参りますね、左京さん」


 あれだけの騒動があったにも関わらず、いつも通り出勤してしまう樹里を見て、


(惚れ直したよ、樹里!)


 気持ち悪い事を考えた左京です。


「気持ち悪くねえよ!」


 正しい判断をした地の文に理不尽に切れる左京です。




 めでたし、めでたし。



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