樹里ちゃん、グラビアの撮影にゆく
御徒町樹里は居酒屋と喫茶店で働くメイドです。
でも、楽器の演奏は全くできません。
今日は居酒屋も喫茶店もお休みで、沖縄のビーチでグラビアの撮影です。
樹里のグラビアは、週刊誌の巻頭を飾る事がわかると、電車の中吊りに至るまで盗まれてしまうほどの人気です。
彼女を発掘した有海範人氏はそのおかげで会社の取締役に大抜擢されました。
「さあ、今回も気合入れて行こうか!」
有海氏は、スタッフ一同に檄を飛ばしました。
「おーっ!」
スタッフ達も、樹里との仕事はちょっと疲れますが、それでも楽しいのでノリノリです。
「御徒町さん、入りまーす!」
樹里が撮影現場に来ました。一同がどよめきます。
「よろしくお願い致します」
樹里は笑顔全開でお辞儀をします。男性スタッフはその笑顔に癒され、女性スタッフは、
「ケッ」
と呟きます。彼女達は、樹里がキャラを作っていると思っているのです。
「まずはこの水着でお願いします」
撮影助手の男の子が、ドキドキしながら、樹里に水着を渡します。
彼はすでに樹里の僕同然です。
「はい」
お約束通り、樹里はその場でいきなり着替えようとします。
「ああ、更衣室でお願いします!」
撮影助手は、顔を真っ赤にして言いました。
「そうなんですか」
樹里は満点笑顔で応じ、更衣室に行きます。
「これだけが生きがい……」
撮影助手が小声で言うのを聞きつけ、女性スタッフが、
「ケッ」
とまた呟きます。
樹里が着替えを終え、また登場です。
「おお」
その水着は豹柄で、樹里のような女性には似合わないと思われましたが、樹里は見事に着こなしました。
そうです。セクシー樹里に変身したのです。胸元が嫌らしいです。
男性スタッフたちが、何故か一斉にしゃがみ込みました。
どうしたのでしょう?
豹柄の水着の撮影は終了し、次はフリルの着いた可愛い水着です。
「おおお」
また男性スタッフがどよめきます。
「可愛いよ、樹里ちゃん! 最高だよ!」
カメラマンが樹里を乗せるために囁きます。
「ありがとうございます」
でもそのたびに樹里はいちいち深々とお辞儀するので、撮影が中断してしまいます。
「樹里ちゃん、いちいち頭を下げなくていいから、ポーズを続けて」
カメラマンは苦笑いして言います。
「申し訳ありません」
また深々と頭を下げる樹里です。
こうして撮影は無事終了し、翌日樹里は東京へと戻りました。
パワフルな彼女は、そのまま居酒屋で仕事です。
「おい!」
開店と同時に、杉下左京警部が現れました。
「いらっしゃいませ、お父さん」
「……」
樹里の母親である由里との婚約が決まって以来、樹里は左京の事をそう呼びます。
左京は、そう呼ばれるたびに落ち込みます。
「お父さんは、まだやめてくれ」
左京は蚊の鳴くような声で言いました。
「そうなんですか?」
樹里は不思議そうに言います。
「それより、今度は沖縄で撮影したんだってな」
左京は、用件を思い出して樹里を睨みます。
「はい。来週の水曜日に発売です。たくさん買って下さいね」
悪気なく売り込みをする樹里に、左京は脱力しました。
でも何とか気を取り直して、
「では、父親として説教するから、よく聞け」
とうとう破れかぶれの左京です。
「はい」
樹里はニコッとして左京を見ます。
「グラビアはやめろ。警察官としての俺の立場を考えてくれ」
本当はそんな事は関係ないのですが、樹里が変な男達の妙な事に利用されるのが嫌なのです。
「はい、わかりました」
樹里は笑顔全開で答えました。
「わかってくれたか。頼むぞ、樹里」
「はい」
左京はホッとして居酒屋を去りました。
樹里は、有海氏に連絡し、警察官の父親が反対しているのでグラビアをやめたいと話しました。
有海氏は仰天して樹里を説得しましたが、樹里の決意は固く、有海氏は諦めました。
樹里がグラビアを引退した情報は、すぐにネット上を駆け巡り、大ニュースになりました。
そしてその原因が父親になる男にあるとわかり、「樹里板」と呼ばれる掲示板には左京への罵詈雑言が書き込まれました。
左京が樹里にグラビアをやめさせた事を知った亀島警部補が、ネット上に左京の名前を晒したのです。
そのため、「祭り」が起こり、樹里板は荒れました。
しかし、樹里も左京もインターネットをしないので、その事を全く知りませんでした。




