樹里ちゃん、隅田川探偵と対決する?
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日も樹里は笑顔全開で出勤します。
「いってらっしゃい、ママ!」
長女の瑠里と次女の冴里が笑顔全開で言いました。
「らしゃい、ママ!」
三女の乃里も笑顔全開で言いました。
「行ってらっしゃい」
不甲斐ない夫の杉下左京は項垂れ全開で言いました。
樹里に隠し事をしていたのをやんわりと指摘され、罪悪感に苛まれているのです。
でも、樹里は全然左京を責めたつもりはありません。
何しろ、夫が弁護士と不倫をしていても許すのですから。
「不倫は断じてしていない!」
濡れ衣を着せようとする地の文に血の涙を流して切れる左京です。
(でも、樹里に黙っていたのはよくなかった。後できちんと謝ろう)
そうですね。不倫を認めて、謝罪するべきです。
「だから違う!」
更に追い詰めようとする地の文にまた切れる左京です。
「はっ!」
我に返ると、すでに樹里は昭和眼鏡男と愉快な仲間達に護衛されてJR水道橋駅へと歩き出しており、瑠里は集団登校の一団に加わり、去っていて、冴里と乃里はいつの間にか復活した保育所の男性職員の皆さんが乗る園児バスで保育所に向かっていました。
「ワンワン!」
ゴールデンレトリバーのルーサが、
「相変わらずバカだな」
そう言っているかのように吠えました。左京はまた項垂れ全開になりました。
(そう言えば、坂本先生、今日は予定があるから来られないと言ってたな)
左京は寂しそうに事務所へと向かいました。
「別に寂しくねえよ!」
涙ぐんで地の文の推測を否定する左京です。
樹里は何事もなく五反田邸に着きました。
「では樹里様、お帰りの時にまた」
眼鏡男達は少ない登場シーンに不平を言う事もなく、立ち去りました。
「ありがとうございました」
樹里は深々と頭を下げてから、五反田邸の門をくぐりました。
いつもの騒がしいメイドは無断欠勤のようです。
「違うわよ! お客様がいらしてるのよ!」
応接間で言い訳をする目黒弥生です。
そんな弥生の行動を気にする事なく、樹里は邸に入ると、更衣室で着替えをすませ、掃除に取りかかろうとしました。
「樹里さん、お客様ですよ!」
そこへ慌てて弥生が応接間から出て来ました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「例の探偵ですよ」
弥生は樹里に耳打ちしました。
「弥生さんは霊が見えるのですか?」
樹里に耳元でボケられ、
「ああん」
ちょっと場違いな声を出してしまうエロい弥生です。
「やめて!」
顔を真っ赤にして地の文に切れる弥生です。
「その霊じゃないです! 隅田川美波という探偵ですよ。樹里さんに証拠を持って来たそうです」
弥生は苦笑いをして応じました。
「そうなんですか?」
樹里は何の事かわからず、首を傾げて応接間に入りました。
「お待たせ致しました」
樹里は深々とお辞儀をして挨拶しました。
「お仕事中に申し訳ありません。私、私立探偵の隅田川美波と申します」
ソファに座っていた美波は立ち上がって名刺を差し出しました。
「そうなんですか」
樹里は名刺をしっかりと両手で受け取ると、まじまじと見ました。
「先日、勝先生が言ったように、坂本龍子弁護士と貴女のご主人の杉下左京氏が不倫をしているという決定的な証拠をお持ちしました」
美波はドヤ顔で言うと、テーブルの上に出した黒革の鞄から写真を取り出して樹里に差し出しました。
樹里は名刺をメイド服のポケットから出した名刺入れに入れてポケットに戻してから、写真を受け取りました。
その写真は、左京と坂本弁護士がラブホテルから出てくるところを写したもののようでした。
しかし、明らかに顔と身体の大きさや向きに無理があるのがわかります。
(どうよ、ぐうの音も出ないでしょ!)
まだドヤ顔の美波が樹里を見て胸を張りましたが、大して大きくありません。
「そこじゃないでしょ!」
前から気にしている事をあっさり指摘した地の文に切れる美波です。
「夫はこのような服は持っていませんが?」
樹里は笑顔全開のままで、全然違うところを指摘しました。
「え?」
ギクッとする美波ですが、
「奥様のご存知ない服を着ているとなると、ますますまずいですね。それはきっと、杉下さんが坂本弁護士からもらったものなのでしょう」
何とか反論しました。しかし樹里は、
「それに坂本先生はもう少し胸が大きいですよ」
更に美波が想定していなかった問題を指摘しました。またギクッとする美波です。
(おかしい! 勝先生のデータによると、坂本弁護士は胸にコンプレックスがあるという話だったのに!)
合成の出来を棚に上げて、勝美加の提供したデータの不備に怒りを覚える美波です。
「あと、夫は坂本先生より背が大きいです」
決定的なミスを樹里に指摘され、
「えええ!?」
仰天して写真を樹里からひったくるように取って、まさに穴が開く程見ました。
確かに、その証拠の写真だと、左京は坂本弁護士より頭半分小さくなっています。
(何してくれてんのよ、あのヘボ弁護士があ!)
またしても美加のデータの不備に切れる美波です。
「あははは、これは多分、逆光で撮ったからこうなったのでしょう」
意味がわからない言い訳をし、そのまま写真を鞄に押し込む美波です。
「そうだ、急ぎの依頼があったんだわ。これで失礼致します!」
美波は応接間を飛び出すと、お茶を運んで来た弥生とぶつかりかけ、逃げるようにではなく、まさしく逃げて行きました。
「どうしたんですか、あの人?」
弥生が樹里に尋ねました。樹里は首を傾げて、
「わかりません」
笑顔全開で応じました。
その頃、不倫相手の左京と会わずに、坂本弁護士はホテルのロビーで美加と会っていました。
「不倫相手ではないです! そうなりたいけど」
顔を赤らめて地の文に抗議する坂本弁護士です。
「美加、貴女、一体どういうつもりなの? 私と左京さんは不倫なんてしていないわよ」
坂本弁護士が詰め寄るように告げると、美加はニヤリとして、
「あら、そうなの。決定的な証拠写真を私が雇っている探偵の神田川さんに撮ってもらったわよ」
まだ名前ボケをして言いました。
「隅田川じゃないの?」
坂本弁護士は訝しそうに言いました。美加はフッと笑って、
「そんな事、どうでもいいでしょ。もうすぐ貴女はその杉下左京氏と結婚できるんだから、喜びなさいよ」
「え?」
坂本弁護士は顔を赤らめました。
「じゃあね」
美加は赤面した坂本弁護士が無反応になったのを気にする事なく、席を立つと、ロビーを出て行きました。
ワクワクしてしまう地の文です。