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樹里ちゃん、左京の仕事が増えたのを喜ぶ

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日も樹里は笑顔全開で出勤します。


「では、行って参りますね」


 樹里が言うと、長女の瑠里と次女の冴里が、


「いってらっしゃい、ママ!」


 同じく笑顔全開で応じました。


「らっしゃい、ママ!」


 三女の乃里も辿々しいながらも笑顔全開で言いました。


「行ってらっしゃい」


 不甲斐ない夫の杉下左京は、何故か項垂れ全開で応じました。


 坂本龍子弁護士との不倫がバレてしまったのでしょうか?


「不倫してねえし!」


 全力で否定して地の文に切れる左京です。


「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様にはご機嫌麗しく」


 しばらく出番がなかったので、降板させられたのかと思っていたら、まだ図々しく登場する昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。


「我々は至って謙虚です!」


 正しい評価をしたはずの地の文に鼻息荒く猛抗議する眼鏡男達です。


 もうすぐ平成が終わるので、その時こそ、降板させる良い機会だと考え、画策する地の文です。


「平成が終わろうと、我らは樹里様達をお守りし続けます!」


 眼鏡男が胸を張って宣言しました。


「はっ!」


 我に返ると、樹里は親衛隊員達とJR水道橋駅へと向かっており、瑠里は集団登校に加わって去っていて、左京と冴里と乃里も保育所へ向かって歩き出していました。


「お待ちください、樹里様!」


 涙目で樹里を追いかける眼鏡男です。


 


 左京は冴里と乃里を保育所に送り届けると、素早く家に戻り、ゴールデンレトリバーのルーサに餌を与え、散歩もすませました。


 そして、自宅の隣にある事務所へ行くと、掃除をしました。


 またグウタラ所員に戻ってしまった加藤ありさが何もしてくれないので、左京が事務所の掃除と受付をしています。


 早く首にすればいいのにと思う地の文です。


「おっはよう!」


 そこへありさが出勤しました。


「あら、左京、お掃除してくれたんだ。悪いわねえ」


 わざとらしく言うありさを左京は無視して、給湯室へ行くと、お茶の用意をしました。


「あらあら、悪いわねえ、左京。お茶まで淹れてくれるの?」


 白々しく言うありさですが、左京は何も言わずに自分の分とありさの分のお茶を出しました。


(これだけ何もしないのを証拠として突きつければ、加藤がありさを引き取ってくれるだろう)


 左京はありさを首に追い込むために計画的に全部自分でこなしているのです。


(電話は全て俺のスマホに転送されるから、ありさが電話に出る事はできない。手当もつかない)


 左京はありさに見えないようにほくそ笑みました。


(だが、その計画が崩れそうなんだよな)


 左京は項垂れて自分の席に着きました。


 先日、樹里が坂本龍子弁護士に仕事を紹介してくれるように頼んだのを聞き、左京は焦りました。


(ありさを追い出せても、今度はあの女弁護士が来るのか?)


 どちらかと言うと、ありさの方が扱いやすいと思っている左京です。


 ですから、ありさを追い出すのはまずいのではないかとも考えているのです。


 その時でした。事務所の玄関のドアフォンが鳴りました。ビクッとする左京です。


「お待たせ致しました」


 左京は不意にドアフォンに出ようとしたありさを引き戻して、ドアを開きました。


「おはようございます、左京さん」


 そこには予想通り、坂本弁護士がにこやかな顔で立っていました。それに気づいたありさがムッとしました。


「失礼しますね」


 坂本弁護士もありさに気づき、左京を押しのけて中に入りました。


「ええっと……」


 ありさと坂本弁護士との間に流れる険悪な空気を察して、左京は嫌な汗を垂らしました。


「これが今回お願いしたい案件です」


 坂本弁護士は、ソファの上にバッグから取り出した大量の書類を置きました。


「げっ」


 その量の多さに引いてしまう左京です。


 坂本弁護士はそんな左京の焦りに気づいていないのか、ソファに腰を下ろして、


「全部で五十件程ありますので、よろしくお願いします。内容の説明をしますと……」


 書類をめくり始めたので、左京は慌てて、


「ああっと、それでは中身を検討しまして、こちらで対応できるものだけやらせていただきます」


 坂本弁護士の二の腕を掴むと、強引に立ち上がらせた。


「ああん、痛いですう、左京さん」


 坂本弁護士が甘えた口調で言ったので、


「す、すみません!」


 左京はサッと手を放しました。ありさがそれを目を細めて見ています。


「と、とにかく、内容を検討しまして、すぐにご連絡致します」


 左京は坂本弁護士の背中を押して、玄関のドアへと誘導しました。


「では、待ってます」


 坂本弁護士はウィンクして事務所を出て行きました。


(一体どうしたんだ? あんな感じの子じゃなかったのに)


 左京は坂本弁護士のキャラ変に戸惑いました。


「なるほどね。あの子が来るから、私は邪魔だという事なのね?」


 昔から「勘ぐりのあーちゃん」と呼ばれていましたが、いつも間違っていたありさです。


 左京はありさの誤解を解こうという気にならないので、

 

「ああ、そうだよ。早く辞めてくれると助かるんだけど」


 つい嘘を吐いてしまいました。


「酷い! 昔はあれ程愛し合った仲なのに!」


 ありさは泣くふりをしました。しかし左京は、


「お前と愛し合った事はねえよ! 妄想も大概にしろ!」


「もう、左京ったら、冗談が通じないんだからあ」


 テヘッと舌を出して見せて、おどけるありさです。


「お前が全然仕事をしてくれないからだぞ」


 そこは本当の事を言う左京でしたが、


「そんな事ないじゃん。全部あんたが私より先に掃除やらお給仕やらをしてしまうから、何もできないだけでしょ?」


 ありさに開き直られました。さすがにカチンと来た左京は、


「そうか、わかった。これだけはしたくなかったんだが、加藤のお母さんに全部事情を話して、お前をお説教してもらおうと思う」


 それを聞いたありさはまさに顔色を変えました。


「左京、それはダメ! それだけは許して! お母様に知れたら、私、同居しなくちゃならないのよお!」


 今度は本当に涙ぐんで左京にすがりつくありさです。


(効果が覿面てきめん過ぎて怖いくらいだ)


 思わず苦笑いしてしまう左京です。


 そして、ありさは心を入れ替える事を約束して、それでも心配な左京は書面にしました。


 いつまでありさが保つのか楽しみな地の文です。

 

 


 その頃、坂本弁護士は五反田邸を訪れていました。


「今日は、五十件程、案件を紹介させてもらいました」


 坂本弁護士は応接間で樹里に報告しました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「夫も、仕事が増えて喜んでいると思います」


 樹里が言ったので、坂本弁護士は、


「はい。これからも、随時紹介致しますので、ご安心ください」


 笑顔で応じました。


 


 めでたし、めでたし。

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