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樹里ちゃん、左京に事情を説明する

 俺は杉下左京。自宅(とは言っても、建築費の全てを妻の樹里が支払っているのだが)にくっついている探偵事務所の所長だ。


 探偵であるのだが、主な仕事は猫探し、犬探しである。近所の人達には「便利屋」だと思われている形跡すらある。


 それでも、以前はそれなりに大きな事件に関わった事があった。


 だがそれも、今は何もかも皆懐かしい(某艦長風に)。


 五反田駅の前に事務所を構えていた時は、怪盗ドロントとの対決もあったが、今はそのドロント自体が現れなくなってしまった。


 元同僚の平井蘭によると、樹里が勤務している五反田邸にいる家庭教師と医師とメイドがその一味らしい。


 俺もそう思っていたのだが、何しろ証拠がない上に、あれこれと夫婦揃って世話になっている気もするので、今となっては、追求するつもりはない。


「左京さん、実は今日、坂本龍子という方がお見えになりましたよ」


 先日、帰宅した樹里が開口一番言った。俺は驚き過ぎて、しばらく声も出なかった。


 坂本龍子と言えば、五反田事務所があった時、同じビルの最上階に事務所を構えていた女性弁護士の名前だ。


 その昔、俺が関わった立て籠もり事件の人質の一人だった。全く覚えていなくて、呆れられたのだが。


 その後も、何度か彼女とは事件を通じて関わる事があり、本気で俺に惚れているとわかった。


「左京さんの家庭を壊すつもりはありませんから」


 健気にもそう言って、俺が事務所を引き払うと、彼女もあのビルから出たと聞いた。


 頼んでもいないのに、元同僚の加藤が教えてくれたのだ。余計な事をする奴だ。


 それから数年経ったのに、何故坂本弁護士は樹里のところに姿を現したのだろう?


「斎藤さんが慰謝料の請求訴訟を起こすと言ってきました」


 樹里は笑顔全開で教えてくれた。俺は更に驚愕し、瞬きも忘れる程だった。


 真琴ちゃん、やっぱり怒っているのか?


 嫌な汗が背中を伝った時、樹里が、


「でも、本当は斎藤さんは訴えていなくて、坂本さんが勝手に訴訟を起こそうとしていたらしいです」


 笑顔全開で続けたので、ホッとしたのだが、引っかかる事があった。


 という事は、俺を恨んでいるのは、坂本弁護士の方だという事なのか? 全然ホッとできないのか?


 よくよく話を聞いてみると、請求額は五百万円で、それだけでも仰天ものなのだが、樹里が即金で支払おうとしたと知り、もっと驚いた。


 樹里は一体、五反田邸からいくら給料をもらっているのだろうか? 怖くて訊けない。


「坂本先生とは、別に何もないからな。事件を通じて、何度か会った事があるだけだから」


 俺は樹里に問い詰められた訳でもないのに、必死になって言い訳をしてしまった。


「そうなんですか」


 案の定、樹里は笑顔全開で応じただけだった。


 


「左京、聞いたわよ。真琴ちゃんに訴えられて、裁判で負けて五千万円の慰謝料を分割で払う事になったんですって?」


 事務所に現れた腐れ縁の加藤ありさがいきなり言ったので、俺は飲みかけていたコーヒーを危うく吐き出しそうになった。


「訴えられていねえよ! それ、どこで聞いたんだ?」


 俺はカップをソーサーに置いて、ありさを睨んだ。


「あれ? おかしいな。ネットの掲示板に書かれていたんだけど」


「ネットの掲示板を鵜呑みにするなよ!」


 俺はありさの能天気さに呆れたが、


「それ、どこに書かれていたんだ?」


 取り敢えず削除依頼を出さなければと思い、尋ねた。


「あんた、ネットしないから知らないのね。検索エンジンで、『杉下左京 御徒町樹里 訴訟』で出てくるわよ」


「何ーッ!?」


 俺はすぐにラップトップパソコンを開き、検索エンジンで調べてみた。


 すると、ヒット件数が百六十万件あった。嘘だろ? ベ○さん? 思わず某アニメの主人公の心境になる。


「もっと酷いのがあるぞ。その裁判をきっかけにして、妻の御徒町樹里から離婚届を突きつけられ、家も追い出されたって書かれている……」


 項垂れるくらいでは済まないようなフェイクニュースがそこには数え切れない程あった。


 選挙に半分負けたのに勝ったと言い張る某大統領でなくても、激怒するレベルだ。


「もっと面白いのない?」


 ありさが興味津々の目で画面を覗き込む。


「うるさいよ!」


 俺は腹が立ったので、シャットダウンして、パソコンを閉じた。


 やっぱり、見ない方がよかった。芸能人の中には、自分の事を検索する猛者がいるらしいが、俺にはとてもできない。


「ああ、凄い凄い!」


 ハッと我に返ると、ありさは自分のスマホで検索して面白がっていた。


「やめろ!」


 俺が掴みかかろうとすると、ありさはスッとかわして、更に検索を続けた。


「やめろって言ってるだろ!」


 俺は尚もありさを止めようとして、揉み合った。その時、ドアフォンが鳴ったのだが、ありさがぎゃあぎゃあ喚いていたので、聞こえなかった。それがまずかった。


「うわっとっと!」


 俺とありさはもつれるようにしてソファに倒れこんだ。


「左京さん、何してるんですか!? 先日の件で、謝罪に伺ったのに!」


 入って来たのは、坂本弁護士だった。俺とありさはまさに白昼堂々ダブル不倫をしている男と女みたいに抱き合ってソファに寝転んでいる状態だった。


「いや、これはその……」


 俺は慌ててありさから離れようとしたのだが、


「酷いわ、左京。私という者がありながら、坂本先生とも待ち合わせているなんて……」


 意味不明な事を言い出して、嘘泣きまで始めやがった。


「次に会うのは、法廷ですね!」


 坂本弁護士はキッと俺を睨むと、クルッと踵を返して、事務所を出て行ってしまった。


「ありさ、どうしてくれるんだ!? 坂本先生、完全に勘違いしちまったぞ!」


 俺はありさの襟首を捻じ上げて抗議したが、


「どうしてくれるって言われても、私、弁護士じゃないし」


 自分に似ている女優のドラマの決めゼリフを真似て、肩をすくめた。


 ああ。どうすればいいんだ? 胃に穴が開きそうだ……。 

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