表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
512/839

樹里ちゃん、麻耶に感謝される

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日も笑顔全開で出勤です。そして、不甲斐ない夫の杉下左京は、今日も笑顔全開で仕事がありません。


「くふう……」


 直球な地の文の説明に血反吐を吐いて悶絶する左京です。


 斎藤真琴は退職して正解だったと思う地の文です。


 樹里の父親の赤川康夫は、在日アメリカ軍から呼ばれて、横田基地に行っています。


(真琴ちゃんが辞めたのをどこかで聞きつけて、ありさが復帰しようとしているのが困る)


 元同僚で、恋人だった事もあった加藤ありさが、探偵事務所の事務員に返り咲こうと画策しているのです


「恋人だった事はねえよ!」


 言葉のあやで言っただけの地の文に全力全開で切れる心が狭い左京です。


 無給でOKだった真琴と違って、仕事はしないが時給には細かいありさは、百害あって一利なしだと思う左京です。


(ありさを雇うくらいなら、瑠里に留守番をしてもらった方がいい)


 ありさは小学生未満だと断言する左京です。


「はっ!」


 我に返ると、樹里はいつの間にか来ていた昭和眼鏡男と愉快な仲間達と共にJR水道橋駅を目指しており、長女の瑠里は集団登校で小学校へ向かっていて、次女の冴里と三女の乃里は仁王立ちで左京を睨んでいます。


「パパ、いっちゃうよ!」


 冴里が口を尖らせて言いました。


「ちゃうよ!」


 乃里も真似をして言いました。


「悪かったよお、冴里、乃里」


 鼻の下を伸ばしてデレデレするダメオヤジです。


「うるせえ!」


 的確な表現をしたはずの地の文に切れる左京です。


 そして出番終了です。


「何故だー!?」


 雄叫びをあげる左京ですが、無視する地の文です。




 そして、樹里は何事もなく五反田邸に到着しました。


「では樹里様、お帰りの時にまた」


 眼鏡男達は敬礼して去りました。


「樹里さーん!」


 樹里が深々とお辞儀をしていると、騒がしい女が走って来ました。


 一体誰でしょうか?


「目黒弥生よ!」


 地の文の変則的なボケも果敢に拾う弥生です。


 そうでした、元泥棒のモンテネグロ弥生さんですね。


「元泥棒はやめて! 誰が元ユーゴスラヴィアだ!」


 更にもれなく拾って突っ込む弥生です。


「あっ!」


 我に返ると、予想通り、樹里はすでに玄関を入り、着替えをすませて、庭掃除を始めていました。


「樹里さーん、今日は麻耶お嬢様がお休みで、お話があるそうですう!」


 涙ぐみながら、樹里へと駆け出す弥生です。


「そうなんですか」


 それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。


 そして樹里は、庭掃除を弥生に引き継ぐと、キッチンへと向かって、麻耶の好きな紅茶を淹れ、彼女の部屋へと行きました。


「どうぞ」


 ノックの音に麻耶が応じました。


「失礼致します」


 紅茶のカップをトレイに載せた樹里が深々とお辞儀をしました。


 麻耶は、樹里が持っているトレイからカップが落ちないか心配になりましたが、樹里は完璧なお辞儀でそれを難なくこなして、部屋に入りました。


「樹里さん、話が長くなると思うので、かけて」


 机に向かっていた麻耶は立ち上がり、部屋の中央にある向かい合わせの二人がけのソファを手で示しました。


「どうぞ」


 樹里はガラスのテーブルの上にカップを置くと、麻耶が座るのを待ってから、手前のソファに腰かけました。


「樹里さん、ありがとう。父がはじめ君との結婚を許してくれたわ」


 麻耶が嬉しそうに樹里の手を取って告げました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。麻耶はカップを持って一口飲んでから、


「まさか、そこまで父が踏み込んだ発言をするとは思わなかったのだけれど、樹里さんに諭されて、私の気持ちがよくわかったと言ってくれたの」


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開で応じました。麻耶はカップをソーサーに戻して、


「父も母との交際を祖父に猛反対されたそうなの。母が病弱で、子供を産めないかも知れないと考えたから」


「そうなんですか」


 樹里はまたしても笑顔全開で応じました。麻耶はさすがに苦笑いして、


「でも父は、いざとなったら、養子を取ると主張して、母と結婚したと教えてくれたわ。自分が通った道を私にも通らせようとしていたと、反省したそうなの」


「そうなんですか」


 樹里はまだ笑顔全開です。麻耶はもう一口紅茶を飲んで、


「障害がある程、愛情は深く強くなる。身を以って知っているから、私とはじめ君の事も許す、いえ、口を挟まないとも言ってくれたわ」


「良かったですね、お嬢様」


 樹里が笑顔全開で違う事を言ったので、ちょっとだけ拍子抜けした麻耶です。


「ありがとう、樹里さん。貴女のお陰よ」


 麻耶は涙ぐんで立ち上がり、同時に立ち上がった樹里に近づくと、抱きつきました。


「いえ、お嬢様の普段の立ち居振る舞いが旦那様のお心を動かしたのですよ。私は全然何もしておりませんから」


 樹里は優しく麻耶を抱きしめ返して言いました。すると、


「樹里さん、一つ訊きたい事があるんだけど」


 麻耶が上目遣いで言いました。


「そうなんですか?」


 樹里は小首を傾げて応じました。麻耶は、


「ええっと、えっとね……」


 妙に言いにくそうにしています。


「お嬢様、如何なさいましたか?」


 俯いてしまった麻耶の顔を覗き込む樹里です。


「ええっとね、樹里さんみたいな大きな胸になるには、どうしたらいいの?」


 顔を真っ赤にして尋ねる麻耶です。樹里も意外な質問にびっくりしたようです。


「私の胸は大きくありませんよ」


 樹里は言いました。


(その胸が大きくないなら、私はどうすればいいのよ!)


 またドアの向こうで盗み聞きしている元泥棒です。


「元泥棒はやめて!」


 色々な感情がないまぜになって、号泣しながら地の文に切れる弥生です。


「十分大きいよ。ねえ、どうしたら大きくなるの?」


 麻耶も樹里の謙遜に少しムッとしたようです。


「私は、高校生の時はブラがいらないくらい小さかったですよ。まだこれからですよ、お嬢様」


 樹里が笑顔全開で言ったので、


「そうなの?」


 若干疑問に思いながらも、やや納得する麻耶です。


 


 めでたし、めでたし。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ