樹里ちゃん、左京にコクられる?
俺は杉下左京。警視庁特別捜査班の班長だ。
今日も我々特捜班の活躍するような事件はなく、実に長閑な日だ。
「左京、ちょっといい?」
そんな平穏な一日の始まりに、あの騒がしい女である神戸蘭が割り込んで来た。
「何だよ? 事件か?」
「違うわ。個人的な事」
いつになく真剣な眼差しの蘭を見て、俺は先に釘を刺す。
「金なら貸さんぞ」
「あんたから借りるほど困ってないわい!」
蘭の突っ込みは冴え渡っていた。
内緒話の定番は屋上と相場は決まっている。
俺と蘭は庁舎のヘリポートで対峙していた。
「こんなところまで連れ出して、何の用だ?」
俺は苛立ちを隠さすに尋ねた。蘭は俺を真っ直ぐに見て、
「この前、居酒屋に行った」
「は? そんな報告、ここまで連れて来てするな、阿呆!」
俺がすかさず突っ込むと、
「話を最後まで聞きなさいよ、アンポンタン!」
蘭に突っ込みを返された。
「御徒町樹里に貴方の事をどう思っているのか、訊いてみたわ」
「何だと!?」
何て事を訊くんだ。俺は心臓が肋骨を破って出て来るのではないかと思うくらい激しい動悸に襲われた。
いかん。このままでは、俺は脳卒中で死んでしまいそうだ。
「焦らさずに早く言え」
俺は思いあまって蘭に怒鳴った。蘭は俺をバカにしたように笑い、
「そんなに結果を知るのが怖いの、左京?」
「こ、怖いもんか!」
俺の膝は、まるでサンバのリズムのように激しく揺れていた。
まともに立っていられなくなるほど、俺は動揺していた。
「安心して、左京。あの子は答えてくれなかったわ」
「は?」
蘭め、俺をからかっているのか?
「彼女自身、貴方の事をどう思っているのか、わかっていないのよ」
「何が言いたいんだ、お前は?」
俺には蘭の意図がわからない。この女、何を企んでいるんだ?
「少なくとも彼女は、貴方に好意を持っている」
その言葉に、俺はギクッとした。樹里が俺に好意を?
それなら何故、母親の由里さんと結婚させようとするんだ?
「彼女はね、母親の気持ちを知っているから、貴方に自分の気持ちを伝えられないのよ。だから、貴方が彼女に自分の気持ちをぶつけて、彼女を母親の呪縛から解放してあげて」
「えっ?」
何を言い出す? お前は俺に惚れていたんじゃないのか?
どうして樹里と俺をくっつけようとするんだ?
「何を企んでいるんだ、蘭?」
俺はストレートな質問をした。蘭は苦笑いして、
「企んでなんかいないわ。貴方の煮え切らなさに愛想が尽きたので、彼女に貴方を譲る事にしたの」
「俺は犬か猫かよ!」
蘭の上から目線の発言に、俺はムッとした。
「左京、今は私の事なんか考えている場合じゃないわよ。樹里は、今なら必ず貴方の言葉に答えてくれるはず。確かめてみなさいよ」
蘭は今まで見せた事がないような穏やかな笑顔で俺を見た。
「わ、わかった……」
俺はその笑顔に後押しされるようにそう言った。
俺はその夜、樹里が働いている居酒屋に行った。樹里に気持ちを伝えるために。
「いらっしゃいませ」
いつものように笑顔全開で樹里が出迎えてくれる。
「樹里、仕事が終わったら話がある」
「はい」
樹里はニッコリして答え、厨房へと消えた。
何だかドキドキして来た。
こんなに胸が高鳴るのは、高校の時、同級生の女子に告白して以来だ。
あの子はもう結婚して、子供が三人いると聞いた。
ああ。涙が出そうだ。感傷的になっている。
そして俺は、酒の力を借りようと思い、焼酎をロックで何杯も飲んだ。
酔えなかった。全然アルコールが回って来ない。
それほど俺は高揚していた。
やがて、居酒屋は閉店した。
俺は外で樹里が出て来るのを待つ。
一ヶ月ほど待っていたようだった。
ようやく樹里が出て来た。
彼女の普段着を見かけるのは久しぶりだ。
「お待たせしました」
樹里はニッコリして言った。
俺は長期戦では身体が保たないと思い、単刀直入に言った。
「愛している。結婚を前提に付き合ってくれ」
言えた。淀みなく、言葉が口から出た。
「はい」
樹里は嬉しそうに答えた。
もしかして、夢? 俺はまた死にかけているのか?
でも、作者は何度も同じオチを使うような単純な奴ではない。
今度は何だ? 最終回なのか?
でもタイトルはそうではなかったぞ。
そうか。実は最終回なのか。ネタが尽きたんだな。
作者は頭が悪いから、そう長くこの話を続けられないと思っていた。
そうか。やっと、俺と樹里を結婚させてくれるのか。
良かった。ホッとしたよ。
「私も愛しています、左京ちゃん」
その言葉に、俺は身体が爆発してしまうかと思った。
「ええええ!?」
「やっと、プロポーズしてくれたのね、左京ちゃん。由里、嬉しいわ」
??? どういう事? どうして由里さんがいるんだ?
俺は知らなかった。
樹里は時々母親の由里さんや姉の璃里さんと入れ替わって働いていたのだ。
あいつが寝ずに働いているように思えていたのは、こういうカラクリだったのだ。
俺は人生最大のチャンスを、最大のピンチに変えてしまったのだった。