樹里ちゃん、しばらくぶりに父親と会う
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
その五反田氏が、三週間の海外旅行に出かけたので、樹里もお休みです。
出番がないもう一人のメイドの目黒弥生は夫の祐樹と離婚調停の真っ最中です。
「違うわよ!」
実はそんな話になりそうな予感がしていて、地の文の冗談にも過敏に反応してしまう弥生です。
「いい機会だから、二人目を作るのよ!」
叶わない願いを大声で宣言する弥生です。
「ううう……」
どうしても弥生に幸せになって欲しくない地の文のせいで項垂れる弥生です。
そして、今回の出番は終了しました。
「もっと出たい!」
駄々をこねる弥生ですが、無視する地の文です。
樹里が家にいるので、不甲斐ない夫の杉下左京は早速不倫に出かけました。
「断じて違う!」
嫌な汗をしこたま流しながら、地の文に切れる左京です。
最近、無給で仕事をしてくれている斎藤真琴はどうしてそんな事をしてくれるのだろうかと考えるようになり、
「俺に惚れているのか?」
おぞましい結論に達した左京です。
「やめろー!」
真琴とデートした夢を見てしまい、樹里に対して後ろめたさが当社比二百パーセントアップした左京は、樹里とあまり顔を合わせたくないのです。
そして、小心者の左京は、探偵事務所で真琴と二人きりになるのが恥ずかしくて、長女の瑠里を連れていきました。
「まこちゃん!」
「瑠里ちゃん!」
二人は大の仲良しなので、それは成功しました。
次女の冴里と三女の乃里は、久しぶりに樹里が保育所へ連れていきました。
「しごとないの、パパ?」
瑠里が唐突に核心に触れてきました。
「今日はまだないな」
顔を引きつらせて応じる左京です。真琴は苦笑いしながらトレイに載せたアイスコーヒーを持ってきました。
「どうぞ、所長」
真琴が左京にグラスを差し出しました。
「ああ、ありがとう」
受け取る時、少しだけ手と手が触れました。左京は赤面しましたが、真琴は無反応でした。
(そりゃそうだよな。子持ちの中年男を好きになる訳がない)
左京は心の中でいけない事を想像していました。
「してねえよ!」
深層心理を覗き込んだ地の文に全力で切れる左京です。
「瑠里ちゃんには、オレンジジュースね」
真琴は、樹里がカフェイン入りの飲み物を子供達に飲ませていないのを知っているのです。
「ありがとう!」
瑠里は笑顔全開で受け取ると、早速飲み始めました。
「瑠里、急いで飲むと、ママに叱られるぞ」
左京が冗談めかして言うと、
「パパはやさしいから、ママにいいつけたりしないよね」
小首を傾げて言いました。左京はギクッとして、
「あ、ああ、もちろん」
平然と嘘を吐きました。今まで何度も告げ口しているその口が言うのかと思う地の文です。
「勘弁してください」
絶対に瑠里にも樹里にも嫌われたくないコウモリヤロウの左京が、会心の土下座をしました。
(それにしても、瑠里は日に日に由里さんに似てきている気がする)
左京は、誰に似てもいいが、由里にだけは似ないで欲しいと切実に願っているのです。
すぐに由里にメールで知らせようと思う地の文です。
「お願いです、何でもしますから、それだけはやめてください」
また会心の土下座をして地の文に懇願する左京です。
では、降板してもらいましょう。
「それ以外で何とかしてもらえませんか?」
涙ぐんで言う左京です。
「はい」
スマホが鳴ったので、左京は素早く出ました。着メロを聞き、瑠里がジュースをごくごく飲んでいるのをやめ、姿勢をただしてソファに座り直しました。樹里からだからです。
(樹里さん、子供には厳しいのね)
瑠里のリアクションを見て、微笑ましく思う真琴です。
「え? そうなの? 俺も行った方がいい?」
左京がチラッと瑠里を見たので、瑠里はドキドキしています。
「わかった」
左京はスマホをしまってから瑠里を見て、
「ジイジが夏休みで帰ってきたそうだ。瑠里に会いたがっているから、家に行ってくれ」
瑠里は樹里に叱られると思っていたので、祖父の赤川康夫が会いたいという話を聞き、大喜びました。
「うん!」
凄まじい速さで、瑠里は自宅へと通じている渡り廊下を走っていきました。
「瑠里ちゃん、お祖父ちゃんが大好きなんですね」
真琴が瑠里の飲みかけのグラスを片付けながら言いました。
「そうみたいだね」
左京は微笑んで応じましたが、真琴と二人きりになってしまったので、ドキドキし始めました。
瑠里が家に戻ると、康夫は樹里とリヴィングルームでソファの座って話していました。
「ジイジ、おかえり!」
瑠里は笑顔全開で康夫に飛びつきました。
「おお、元気そうだな、瑠里」
康夫は瑠里を抱きとめて、笑顔全開で応じました。
「瑠里」
樹里が真顔全開で言ったので、瑠里はビクッとして康夫から降り、樹里の隣に座りました。
「相変わらず、娘達には厳しいみたいだね」
康夫は微笑んで言いました。すると樹里は顔を赤らめて、
「そうでもありません。お母さんはもっと怖かったですよ」
「そうなのかね」
康夫は笑顔全開で応じました。
「ジイジ、おやすみはいつまで?」
瑠里は小首を傾げて尋ねました。康夫は樹里が淹れてくれたホットコーヒーを一口飲んでから、
「来週までだよ。また忙しくなるから、少しだけ休みがもらえたんだよ」
「ドナルドがやすませてくれないの?」
瑠里が更に尋ねました。瑠里が言うと、ハンバーカーショップのキャラクターみたいですが、多分大統領の事だと思う地の文です。
「そこまで上の人からは何も言われていないよ。火星に有人飛行する計画が進められていてね」
「お父さん、そんな難しい話は瑠里には無理ですよ」
樹里が言うと、康夫は、
「でも、大統領のファーストネームを知っていたから、大丈夫じゃないか?」
「そうなんですか?」
瑠里は首を傾げてから、
「瑠里は私より璃里お姉さんに似ていますから、わかるかも知れませんね」
それは全力で否定したい地の文です。瑠里は間違いなく隔世遺伝です。
「そうなんですか」
よくわかっていないながらも、笑顔全開で応じる瑠里です。
その頃、不倫現場では、進展がありました。
「違う!」
不倫に過敏に反応する左京がまた地の文に切れました。
「所長」
真琴が左京のグラスを下げる時、胸が左京の左腕に当たったのです。
「あ、すまん」
セクハラで訴えられると思った左京は、反射的に謝ってしまいました。
「鈍感なんだから」
真琴はプイと顔を背けて、給湯室へ歩いて行きました。
意味深だと思う地の文です。