樹里ちゃん、保護者会に出席する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
「では、行って参りますね」
樹里は笑顔全開で告げました。
「行ってらっしゃい!」
ずっと暇な不甲斐ない夫の杉下左京は元気よく応じました。
「ううう……」
心ない地の文の言葉に深く傷つく左京です。でも、事実なので我慢するしかありません。
「くはあ……」
地の文の容赦のない追い討ちに血反吐を吐いて悶絶する左京です。
「いってらっしゃい、ママ!」
長女の瑠里と次女の冴里は笑顔全開で応じました。三女の乃里も笑顔全開です。
「樹里様と瑠里様と冴里様と乃里様にはご機嫌麗しく」
そこへいつものように昭和眼鏡男と愉快な仲間達がやってきました。
「おはようございます」
「おはよう、たいちょう!」
「おはよう、たいちょう!」
「おあよ」
樹里と瑠里と冴里に加えて、たどたどしいながらも挨拶をした乃里に感激し、号泣してしまう眼鏡男達です。
「ああ、乃里様、ご立派になられて……」
中でも眼鏡男は嗚咽をあげながら泣いています。近所の人には不審者と見なされているのは教えないでおこうと思う地の文です。
「教えないでくださいよ!」
最終的には耳に入れてしまう地の文に血の涙を流して抗議する眼鏡男です。
「はっ!」
我に返ると、今回はいつも通り、樹里は隊員達とJR水道橋駅を目指しており、冴里と乃里は左京と共に保育所に向かっており、瑠里は集団登校で小学校を目指していました。
(ああ、この三重奏の放置プレー、五臓六腑に染み渡る事この上ない……)
更に変態道を極めていく眼鏡男です。
瑠里は何事もなく、小学校に着きました。ところが、
「あれ?」
靴箱を覗くと、瑠里の上履きがありません。ちくりんさんが手下に言って隠させたのです。
「ちくりんじゃないわよ、たけばやし!」
しつこく名前ボケをかます地の文に切れる竹林咲良です。
「どうしたの、るりちゃん?」
ボーイフレンドのあっちゃんが声をかけてくれました。
「ううん、なんでもない」
瑠里は笑顔全開で応じました。そして、ランドセルの中からテレビのリモコンのようなものを取り出して、ボタンを押しました。
(なにしてるの、すぎしたるり?)
それをこっそり廊下の角から見ていた咲良が眉をひそめました。
次の瞬間、使われていない靴箱に隠されていた瑠里の上履きが飛び出して、瑠里の元へ戻りました。
「はあああ!?」
それを見た咲良とおバカな仲間達は唖然としました。
(なんなの、いまのは?)
咲良は自分の目で見た事が信じられません。
「すごいね、るりちゃん。いまの、なに?」
横で見ていたあっちゃんが尋ねると、瑠里はリモコンをランドセルにしまい、
「ジイジがつくってくれたの。おとしものをしても、だいじょうぶなんだよ」
「そうなんですか」
思わず樹里の口癖で応じてしまうあっちゃんです。
瑠里のお祖父ちゃんの赤川康夫は、アメリカ合衆国のNASAの日本支部に勤務する超優秀な科学者なのです。
(つぎはこうはいかないわよ、すぎしたるり!)
拳を握り締めて歯軋りをする咲良です。
一方、樹里も何事もなく五反田邸に到着しました。
「では樹里様、お帰りの時にまた」
眼鏡男達が立ち去ろうとすると、
「ありがとうございました。今日は帰りが早いので、夫が迎えにきてくれます」
樹里から思いがけないイレギュラーな展開を告げられ、
「そうなのでありますか」
やや樹里の口癖が混ざった言葉で応じる眼鏡男達です。
去りゆく背中に哀愁を漂わせる眼鏡男達です。気のせいか、セピア色に見えてしまうセンチメンタルな地の文です。
「樹里さーん」
そこへいつものように騒がしいだけのメイドの目黒弥生が現れました。
「うるさいわね!」
真実を述べただけの地の文に切れる弥生です。
「おはようございます、弥生さん」
樹里は笑顔全開で応じました。
「あの、樹里さん、今日はお願いがあるんですけど」
弥生がもじもじしながら言うと、樹里はすでに邸に入っていました。
「樹里さーん、乃里ちゃんを連れてこなくなってから、フットワークが軽過ぎますよお」
涙ぐんで樹里を追いかける弥生です。
そして、早めにあがるので、いつもよりスピードアップして仕事をこなす樹里です。
「はわわ、樹里さん、どうしたんですか?」
元泥棒の弥生でもついていけない某少佐並みの速さの樹里です。
そうこうするうちに、お昼になりました。
「樹里さん、お願いがあるのですけど」
またもじもじして言う弥生です。
「何でしょうか?」
樹里はサッとお弁当箱を取り出して、食べ始めました。
「あ……」
それを見て、絶句してしまう弥生です。
(お弁当を取り替えっこしましょうって言おうと思ったのに、もう食べてるし……)
女の子なので、涙ぐんでしまう弥生です。
「何でもありません。また今度にします」
弥生は苦笑いして言いました。
「そうなんですか?」
樹里は首を傾げて応じました。
「樹里、行けるか?」
そこへコソ泥が入ってきました。
「コソ泥じゃねえよ!」
コソ泥未満の存在の左京が地の文に切れました。
「ううう……」
またしても急所を突いてきた地の文のせいでうずくまってしまう左京です。
「あれ、左京さん、どうしたんですか?」
弥生が尋ねました。
「今日は瑠里の小学校で保護者会なんですよ」
左京が言うと、弥生が、
「そうなんですか。左京さんは行かないんですか?」
お前は暇を持て余しているのだから、忙しい樹里さんを迎えにくる暇があったら、自分で出席しろよと言いたいようです。
「言ってないでしょ!」
真実を究明した地の文に切れる弥生です。その隣で悶絶している左京です。
「保護者会は女性が多いので、左京さんは恥ずかしいのだそうです」
樹里が笑顔全開でフォローをしました。
要するに、左京がセクハラ事件を起こすと困るので、樹里が行く事になったのです。
「違う! 断じて違う!」
根も葉もない事を平然と言う地の文に血の涙を流して切れる左京です。
「お先に失礼しますね、弥生さん」
樹里は笑顔全開で告げました。
「お疲れ様でした」
弥生は苦笑いして応じました。
それからしばらくして、不審者情報が出回ったので、瑠里達が集団下校をした頃、樹里は小学校に着きました。
「瑠里が帰ってくるから、俺は家に戻るよ」
左京は樹里を降ろすと、家に向かいました。
「ありがとうございます、左京さん」
樹里は笑顔全開で応じ、小学校に入って行きました。
「あ、あの人、女優の御徒町樹里さんじゃない?」
「クイズ女王にもなった御徒町さんよね?」
「旅番組にも出ていたわよね?」
「オリンピックも出ていたでしょ?」
様々な話をする保護者の皆さんです。
「この小学校にも、芸能人の子供がいるのね」
一人の保護者が言いました。
「ちょっと、その発言、まずいわよ」
もう一人が慌てて制します。そこへちくりんさんが来ました。
「竹林由子よ!」
言い間違いにうんざりしている由子が地の文に切れました。
「そっか、竹林さんもいたわね」
その心ない一言が、由子の嫉妬心に火を点けました。
(御徒町樹里、絶対に貴女を許さないんだから!)
顔で笑って心で憎むという素晴らしい高等技術を生み出した由子です。
更なる波乱の予感がする地の文です。