樹里ちゃん、瑠里の入学式の準備をする
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日は、すでに保育所を卒業して、四月から新一年生にある長女の瑠里の入学準備のための買い物に出かけています。
ですから、昭和眼鏡男と愉快な仲間達や保育所の男性職員の皆さんの登場はなく、不甲斐ない夫の杉下左京とは離婚が成立したので、出番はありません。
「ひどいです!」
眼鏡男達と保育所の男性職員の皆さんが抗議の声をあげました。
「離婚はしてねえよ!」
名ばかりの夫の左京が地の文に切れました。
「くふう……」
最大の痛点を突かれた左京は悶絶しました。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
樹里と瑠里は笑顔全開で応じました。次女の冴里と三女の乃里は、お祖母ちゃんの由里が預かっています。
「何だって?」
地獄耳の由里が、言い間違えてしまった地の文を睨みました。
全身の水分が抜けてしまった地の文です。
瑠里は久しぶりのお出かけで、大喜びです。
パパの稼ぎが少なくて、ママが忙し過ぎるので、なかなかお出かけできなかったのです。
「くはあ!」
痛過ぎる指摘をされた左京は血反吐を吐いて苦しみました。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。
瑠里が大喜びなのは、従姉の実里と同じ小学校に行けるからです。
実は、樹里の姉の璃里は、長女の実里が小学校に入学したのを機会に母親の由里の家を出たのです。
奴隷のような生活から抜け出せた璃里でした。
「そんな風に思っていません!」
前回、世界犯罪者連盟の壊滅作戦で大きな活躍をした璃里が地の文に切れました。
樹里達が最初に、入学式に着ていく服を買うために某百貨店を訪れました。
でも、制服ではありませんし、ましてや外国の有名ブランドでもありません。
ママのお給料ならそれくらい大した額ではありませんが、そんな事をすると、プライドだけはエベレスト並みに高いパパが拗ねてしまうので、ごく一般的なものを買う事にしています。
「ううう……」
苦痛のあまり、左京は四つん這いになってしまいました。
「いらっしゃいませ」
子供服のコーナーに行くと、早速揉み手をしながら、薄気味悪い店員が近づいてきました。
できるだけ高い服を売りつけようという魂胆のようです。
「そ、そんな事はありません!」
実はそうなので、動揺しながら地の文に切れる揉み手店員です。
「お電話でお願いしておいた杉下瑠里です」
樹里が笑顔全開で告げました。
「お待ちしておりました」
店員は営業スマイル全開で不用意な発言をしてしまいました。
「お待たせして申し訳ありません」
樹里は深々と頭を下げて詫びました。
「いえ、あの、そういうつもりではありませんので、どうぞお顔を上げてください」
樹里が頭を下げているので、周囲の人達が何事かと集まってきています。
その状況に焦り出す店員です。
「何だ何だ、謝罪強要か?」
「土下座もしろってか?」
「S N Sにアップしちゃうってか?」
次々にタチの悪い野次馬が登場しました。
「何でもありませんので、撮影はご遠慮ください」
店員が必死になって弁解しましたが、
「あ、この人、元女優の御徒町樹里さんだ!」
「ホントだ、樹里ちゃんだ!」
今度は樹里の顔を見て気づいた男達が騒ぎ始めました。
「俺、大ファンでした! いえ、今でも思いっきり大ファンです! 握手してください、サインもください!」
「俺も俺も!」
「俺の方がずっとずっとファンだよ!」
たちまち辺りは大混乱になりました。近くにいた警備員さん達が野次馬達をシャットアウトして、樹里と瑠里と左京は個室に案内されました。
「私もファンでした。後でサインいただけますか?」
店員が図々しい事を言いました。左京が文句を言おうとすると、
「いいですよ」
樹里はあっさり承諾してしまいました。左京は項垂れ全開です。
「るりもかきたい!」
瑠里が笑顔全開で言うと、
「はい、お願いします」
商売上手な店員は作り笑顔で言いました。
店員は流石に一流百貨店に勤務しているだけあって、瑠里に勧めた服が、瑠里にすぐに気に入られて、商談成立です。
「実はご相談があるのですが?」
服を紙袋に詰めながら、店員が樹里に言いました。
「何でしょうか?」
樹里は笑顔全開で応じました。左京は眉をひそめました。
「お嬢様がお求めになったお洋服を展示して、御徒町樹里様のお子様がお買い上げと宣伝したいのですが?」
商売がどこまでもうまい店員の言葉に、今度こそ異を唱えようと思った左京ですが、
「いいですよ」
樹里が即答してしまったので、何も言えずに項垂れるだけです。
「ありがとうございます。それで、お名前をお借りしたお礼として、今回の代金は、全てサービスさせていただきます」
店員が揉み手を凄まじい勢いでしながら言いました。
(それはありがたい!)
左京は喜んで承諾しようとしましたが、
「それはダメです。お金はきちんと払わせてください」
どこまでも律儀な樹里はそれだけは頑として譲りませんでした。
それだけではありません。
樹里は店員にお願いして、店にあるだけの色紙を用意してもらい、まだ外で樹里達が出てくるのを待っている人達のためにサインを書きました。
「ありがとうございます!」
店員は、
(まさにこれこそ本当の神対応だ!)
感涙しました。でも、削除はしないで欲しいと思う地の文です。
めでたし、めでたし。