樹里ちゃん、不倫を追及される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
先日、樹里は中学時代の同級生である市ヶ谷鋭太と夕食を共にしました。
そして、樹里は不甲斐ない夫の杉下左京と離婚をして、瑛太と再婚をし、末永く幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。
「違うだろー!」
ちょっと古い流行語で地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。
「では、行って参りますね、左京さん、瑠里、冴里」
樹里は笑顔全開で告げました。
「行ってらっしゃい」
左京は作り笑顔全開で応じました。
「うるさい!」
正しい心理描写をしたはずの地の文に切れる左京です。
「いってらっしゃい、ママ!」
「いってらっしゃい、ママ!」
長女の瑠里と次女の冴里は笑顔全開で応じました。
「樹里様と瑠里様と冴里様にはご機嫌麗しく」
そこへいつものように全く役に立たない六人が登場しました。
名前も出す必要がないと思う地の文です。
「酷い! 本日は、重大な用件があって参ったのです!」
昭和眼鏡男こと目賀根昭和が地の文に抗議しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。眼鏡男はアタッシュケースの中から茶封筒を取り出して、
「これをご覧ください、樹里様」
樹里に手渡しました。
「何だ?」
左京がそれを覗こうとしたので、通報した地の文です。
「何でだよ! 俺は樹里の夫だぞ」
現実と夢の区別がつかなくなった左京が地の文に切れました。
「現実だよ!」
更に切れる左京ですが、その時すでに樹里は眼鏡男達と一緒にJR水道橋駅に向かっていました。
「樹里ー!」
何とかの一つ覚えのように叫ぶ左京です。
樹里は、眼鏡男に渡された封筒の中身を新宿駅に向かう電車の中で確認しました。
それは、週刊誌の記事でした。
「我らの同志が出版社に勤務していて、偶然にも発売前の状態で入手しました。樹里様、その記事の内容は事実ですか?」
眼鏡男が震えながら尋ねました。樹里はそう言われて、記事を読んでみました。
するとそこには、樹里が鋭太と食事をした事や、楽しそうに話す写真が掲載されていました。
「はい、事実ですよ」
樹里があっさりと笑顔全開で認めたので、石化しそうになる眼鏡男たちです。
「し、しかしですね、記事の内容は、樹里様がその男とキスをして、その後、ホ、ホ、ホテルに行ったと書かれているのですよ?」
涙ぐんで言う眼鏡男です。隊員達も涙ぐんでいます。
「はい、ホテルにも行きましたよ」
樹里がそれでも笑顔全開なので、眼鏡男は卒倒しそうになりましたが、電車が新宿駅に到着して、樹里が降りたので、慌てて樹里を追いかけました。
「キ、キ、キスもしたのですか?」
呼吸困難になりながら、尋ねる眼鏡男です。
「していませんよ」
樹里は笑顔全開で完全否定しました。
「し、しかし、この写真では、キスをしているのですが?」
涙を流しながら、記事の写真を見せる眼鏡男です。確かに掲載されている写真を見ると、鋭太と樹里がキスをしているように見えますが、角度的な問題のようです。
「していませんよ」
樹里は改札を通りながらも笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
それを聞いてホッとする眼鏡男達です。
「あ!」
眼鏡男達の交通乗車カードはチャージが切れており、改札が通れませんでした。
「樹里様ー!」
駅員に止められて、泣き叫ぶ眼鏡男達です。
そして、樹里は何事もなく五反田邸に到着しました。
「樹里さん、おはようございます」
いつものようにエロメイドが挨拶しました。
「エロメイドじゃないわよ!」
地の文の軽いジョークにも激ギレする目黒弥生です。
では、元泥棒メイドですか?
「それはやめてー!」
忘れた頃に思い出させる地の文に涙ぐんで懇願する弥生です。
「あれ、いつもの人達は今日はお休みですか?」
弥生は眼鏡男達がいないので、樹里に尋ねました。
「さあ」
樹里が笑顔全開で応じたので、引きつり全開になる弥生です。
「御徒町樹里さんですね?」
するとそこへ、怪しさ満点の男が現れました。多分、痴漢だと思う地の文です。
「違う! 私は週刊文鳥の記者だよ!」
地の文のボケに全力で切れる男です。
「週刊文鳥?」
弥生が警戒心マックスで男を睨みました。
「違いますよ」
樹里が笑顔全開で応じました。男はムッとして、
「違うってどういう事ですか?」
詰め寄ろうとしましたが、弥生に立ち塞がれました。
「私は杉下樹里です」
樹里は大ボケをかましました。唖然とする弥生です。
「どっちでもいいですよ。貴女は夫がある身でありながら、別の男と不倫をしましたね?」
記者がニヤリとして言いました。すると樹里は、
「夫はアルミではありません。人間です」
笑顔全開で意味不明な返事をしました。
「はあ!?」
記者と弥生は心ならずも異口同音に叫んでしまいました。
「何を言っているんですか? とぼけているつもりですか? 不倫は認めないのですね?」
記者は弥生を押しのけて樹里に迫ろうとしました。
「樹里さん、早くこちらへ!」
そこへ住み込み医師の黒川真理沙が現れ、邸の中へ誘導しました。
「おっと、そこから先は、住居不法侵入になるわよ」
得意満面で、記者を押しとどめる弥生です。すると記者は、
「いいでしょう。明後日の発売日を楽しみにしていてください」
捨て台詞を吐いて立ち去りました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開なので、弥生と真理沙は唖然全開です。
翌日になりました。週刊文鳥の記者は原稿の校正を終えて、印刷に取り掛かるための最終打ち合わせをしていましたが、
「その記事、ボツだ。別の記事に差し替えるぞ」
編集長が現れて告げました。記者は仰天して、
「どうしてですか!? 元女優の御徒町樹里の不倫ですよ! 絶対に売れますよ!」
編集長に食ってかかりました。しかし、編集長は、
「上から中止命令が出たんだよ。お前、何てとこのメイドさんをターゲットにしたんだよ!」
逆に怒鳴り返しました。
「え?」
キョトンとする記者です。
「相手は財界の雄の五反田グループの最高責任者の邸のメイドだぞ。少しは考えろ!」
更に編集長が叱りつけました。記者は、
「相手が財界の関係者でも、徹底的に叩くのがウチの社訓でしょう、編集長? 権力に屈するんですか?」
「ウチは、五反田グループの傘下に入ったんだよ! そんな記事、載せられる訳がないだろう!」
「えええ!?」
あまりにも意外な展開に記者と共に驚いてしまう地の文です。
その頃、五反田邸では……。
「間に合いましたね、首領」
有栖川倫子が、黒川真理沙と話していました。
「旦那様に全てを話して、大急ぎで出版社の親会社を買収してもらうっていう荒技、うまくいってよかったわ」
苦笑いする倫子です。
ストーリー的にも、荒技だったと思う地の文です。
めでたし、めでたし。




