樹里ちゃん、左京に責められる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
不甲斐ない夫の杉下左京が所長を務める探偵事務所に依頼に訪れたのは、樹里の中学時代の同級生である市ヶ谷鋭太でした。
そして、樹里が左京と結婚して娘が三人いるのを知った鋭太は、左京を殺害して樹里と結婚しようと考えました。
「考えてません!」
途方もないデマを飛ばす地の文に切れる鋭太です。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
鋭太は、樹里が既婚者であるのを知りながら、
「ずっと、ずっと好きだったんだ、君の事」
ストレートな告白をしてしまいました。もしかすると痛い人なのかも知れません。
(どうなるんだろう?)
鋭太に振られた目黒弥生は野次馬根性むき出しで、続きを楽しみにしています。
「振られてないわよ! 告白もしてないんだから!」
弥生は負け惜しみを言いました。仮に告白していても、樹里より劣る弥生に勝ち目はないと思う地の文です。
「言われなくてもわかってるわよ!」
貧乳の弥生は涙ぐんで地の文に切れました。
「ううう……」
ない胸を抉るような事を言い放った某鶴岡市の議員のように威圧的な地の文に切れる弥生です。
樹里は鋭太を応接間に通して、紅茶を出しました。
「樹里ちゃん、僕の事、全然覚えていないの?」
鋭太が寂しそうな顔で尋ねました。すると樹里は、
「申し訳ありません。全く記憶にありません」
遠慮のない言葉で謝罪しました。
「そうなんだ……」
鋭太は暗い表情になりました。
(樹里ちゃん、容赦ないわね)
いつものようにドアの向こうで聞き耳を立てている元泥棒です。
「やめてよ!」
過去を論う地の文に切れる弥生です。
(でも、ホッとした。樹里ちゃん、全然なびかない)
自分にチャンスができたので、嬉しくなる弥生です。
「ち、違います!」
図星を突かれて動揺しながらも切れる弥生です。
「でも、君の記憶に残りたいから、願いを聞いて欲しいんだ」
鋭太が顔を上げて言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。鋭太は苦笑いをして、
「明日の夜、僕と食事をしてくれませんか? 食事だけでいいです」
食事だけでいいという男は、多くの場合、下心が満点だと思う地の文です。
「いいですよ」
樹里は簡単に承知してしまいました。左京に確認しなくて大丈夫なのかと思う地の文です。
「本当? 嬉しいよ、樹里ちゃん」
鋭太は喜びのあまり、樹里を抱きしめました。
(ワオ!)
それを覗き見た弥生は羨ましいと思いました。
「思ってないわよ!」
精一杯の強がりを言って地の文に切れる弥生です。
「市ヶ谷さん、苦しいです」
樹里は笑顔全開で言いました。鋭太はハッとして、
「ごめん、嬉しくて、つい……」
赤面して、樹里から離れました。そして、
「携帯の番号が書いてあるから、何かあったら連絡して」
名刺を差し出しました。
「名刺屋さんですか?」
樹里はそれを受け取りながら、いつものボケをかましました。
「いや、名刺屋じゃないんだけど。小さいけど、ベンチャー企業を立ち上げて、一応代表取締役をしているんだ」
鋭太はさり気なく自慢しました。確かに、ニート同然の左京よりは樹里のためにはいい夫になると思う地の文です。
「うるせえ! 俺だって頑張ってるんだよ!」
探偵事務所で、事務員の斎藤真琴とイチャついている左京が、理不尽に地の文に切れました。
頑張っているだけでいいのなら、この世にニートはいなくなると思う地の文です。
「くはあ……」
地の文の正論にぐうの音も出ない程打ちのめされる左京です。
「じゃあ、楽しみにしているね」
鋭太はそのまま応接間を出ました。樹里は玄関まで見送ります。
弥生も見送りに来ました。邪魔なので消えて欲しい地の文です。
「ひどい!」
本音を語った地の文に涙ぐんで抗議する弥生です。そんな事をしているうちに、鋭太は五反田邸を去りました。
やがて、樹里は仕事を終えて、三女の乃里をベビーカーに乗せ、五反田邸を出ました。
「樹里様、お迎えにあがりました」
そこへ昭和眼鏡男と愉快な仲間達が現れました。
「ありがとうございます」
樹里は笑顔全開で応じました。
(ああ、月明かりに照らし出された樹里様のご尊顔を拝謁できるこの喜び!)
変態的な事を妄想している眼鏡男です。
そして、結局、何事もなく樹里は自宅に帰り着きました。
「お帰り、樹里」
結局、鋭太の他には依頼がなかった左京が笑顔で出迎えました。
「うるさいよ!」
今日の出来事を語っただけの地の文に切れる左京です。
「只今帰りました、左京さん」
樹里は笑顔全開で応じました。乃里はすでに熟睡全開です。
「おかえり、ママ、のりたん!」
長女の瑠里が言いました。
「おかえり!」
次女の冴里が言いました。
「良い子にしていましたか、瑠里、冴里?」
樹里が尋ねました。すると瑠里が、
「るりとさーたんはいいこにしてたけど、パパはちがうよ」
その言葉にギクッとする左京です。
「パパは、おなべをこがしたんだよ」
るりが言うと、何故かホッとする左京です。
真琴とキスをしていたのはバレていなかったからです。
「してねえよ!」
この時間になって捏造を開始した地の文に激ギレする左京です。
「では、パパの夕御飯はなしですね」
樹里が笑顔全開でシャレにならない事を言いました。
「わーい、パパはゆうごはんなし!」
「わーい、なし!」
瑠里と冴里は大喜びしました。
「ううう……」
項垂れる左京です。
左京は、土下座をして許してもらい、後片付けをする事を条件に夕ご飯にありつけました。
「俺は犬かよ!」
地の文の言い回しにケチをつける左京です。
「左京さん、手伝いますよ」
樹里が笑顔全開で言ったので、
「そうなんですか」
樹里の口癖で応じる左京です。
「左京さんに言わなければならない事がありました」
樹里が笑顔全開で告げたので、
(四人目はまだだよな?)
バカな事を妄想する左京です。
「明日の夜、中学の同級生と食事をする事になりました」
樹里が言うと、左京は、
「そうなんだ。いいよ、乃里も俺が面倒見るから」
相手が誰なのかを考えもせずに言いました。
「市ヶ谷鋭太という人です」
樹里が告げると、左京は仰天しました。
(市ヶ谷鋭太だと? 依頼人じゃないか。あの足で、五反田邸に行ったのか?)
左京は、鋭太が樹里に恋愛感情があると思っているので、カッとなりました。
「樹里、仮にも俺の妻なのに、他の男と食事に、しかも夕食に行くなんて、どうして俺に言わないんだ?」
左京は皿を洗いながら尋ねました。樹里は、
「今、言いました」
とんちのような答えをしました。久しぶりに樹里にイラっとする左京です。
「決める前に俺に訊かなかった事を言っているんだよ。考えがなさ過ぎだぞ」
いつになく強い口調で樹里を責めました。
「申し訳ありません、左京さん」
樹里が涙ぐんだので、左京はハッとしました。
「あ、いや、悪い、強く言い過ぎた。すまない、樹里」
左京は慌てて謝りましたが、樹里はすでにそこにはいませんでした。
「樹里……」
結婚してから初めて気まずくなったと思う左京です。