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樹里ちゃん、左京に過去を知られる

 俺は杉下左京。自宅の一角に事務所を構える私立探偵だ。


 最近、ようやく名が知られるようになり、遠方からの依頼も入るようになってきている。


 だが、先日は、自分の両親のために購入した仏壇の開眼供養の日が、出張と重なってしまい、少しだけ悔しかった。


 但し、仏壇を実際に購入したのは、妻の樹里であり、俺は両親の位牌を菩提寺の住職に作ってもらっただけだ。


 だから、両親が参加させなかったのかな、などと自虐的な事を考えてしまう。


 その上、樹里が買った仏壇は、一目で高額とわかるきらびやかさとおごそかさを兼ね備えており、怖くていくらしたのか、未だに樹里に訊けていない。


「そうなんですか」


 それにも関わらず、樹里は仏壇の代金の事を俺には何も言わず、いくらか負担してくれとも言ってこない。


 ある意味、複雑な心境になるが、実際のところ、もし一部負担してくれと言われたら、土下座して謝るしかないだろうとも思え、ホッとしている。


 内装の大半が金箔で覆われており、外側に関しても、装飾品の大半が金ピカなのだ。


 装飾品の一部でも、俺の稼ぎでは無理だろうと思った。


「瑠里、冴里、お祖父様とお祖母様にご挨拶してから、お出かけするのですよ」


 樹里は仏壇に水とお茶とご飯を供えると、長女の瑠里と次女の冴里に言った。


「はい、ママ!」


 瑠里と冴里は嬉しそうに応じ、仏壇の前で手を合わせて目を閉じ、何かを声に出さずに唱えている。


「瑠里、何をお祈りしたのかな?」


 結構長い時間瑠里と冴里が手を合わせていたので、気になって尋ねた。すると瑠里が、


「ノウボウ・アラタンノウトラヤーヤ・ノウマク・アリヤーミターバーヤ・タタギャタヤアラカテイ・サンミャクサンボダヤー・タニャタ・オン・アミリテイ・アミリトウドバンベイ・アミリタサンバンベイ・アミリタギャラベイ・アミリタシッテイ・アミリタテイセイ・アミリタビキランデイ・アミリタビキランダギャミネイ・アミリタギャギャノウキチキャレイ・アミリタドンドビソワレイ・サラバアラタサダニエイ・サラバキャラマキレイシャキシャヨウキャレイ・ソワカってとなえたんだよ」


 俺には全然理解の外のそのまた外くらいわからない事を言った。


「しらないの、パパ?」


 軽蔑の眼差しを向けてくる冴里。泣きそうになったが、何とか堪えた。


 樹里が教えたのだろうか? あいつはあらゆる事に精通しているからな。多分、そうだろう。


「でも、パパのおてらのごほんぞんさまが、あみだにょらいさまなのはしってるよね?」


 瑠里が助け船のつもりで言ってくれたのだろうが、俺はそれすら知らなかった。


 二人の目が冷たさを増してきているのがわかった。痛い。痛過ぎる……。


「では、行って参りますね」


 樹里がベビーカーに三女の乃里を乗せて告げた。俺は瑠里と冴里の冷凍光線のような視線から逃れるために、玄関へと急いだ。


「行ってらっしゃい」


 俺はここぞとばかりに元気よく樹里に言った。


「いってらっしゃい、ママ!」


 瑠里と冴里は俺に向けたのとは全然違う目で樹里を見て言った。


 樹里は笑顔全開で応じ、玄関を出た。その先にチラッと、いつもの連中がいるのが見えたが、今は人と話せる状態ではない俺は、外には出ずに洗い物が残っているのを理由にして、キッチンへと走った。


 そのせいなのか、保育所までの道すがら、瑠里と冴里は何も話してくれなかった。


 無知な父親を軽蔑しているのか? それとも、打たれ弱い父親に呆れているのか?


 悲しみがこみ上げてきて、二人を送り届けて家に帰る途中で、泣き崩れそうになった。


「ワンワン!」


 それでも、散歩を要求してきたゴールデンレトリバーのルーサの鳴き声で我に返り、近所を一周りしてから、事務所へ行った。


「所長、おはようございます」


 無給で働いてくれている斎藤真琴さんが、明るい笑顔で挨拶してくれた。


「おはよう、斎藤さん」


 彼女の笑顔に癒されて、何とかテンションを上げることができた。


「今日は一件、行方不明のお母様を探して欲しいという依頼が入っています」


 斎藤さんがリストを挟んだクリップボードを渡してくれた。


「ありがとう」


 俺はその内容を確認しながら、自分の席に着いた。


(市ヶ谷鋭太、二十七歳。児童養護施設出身か。俺と同じだな。小さい頃、両親と死に別れたのか。そこも俺と同じだ。あれ?)


 そうだ。母親を探して欲しいという依頼だったはず。子供の頃に死に別れているのなら、母親はいないはずだ。


 疑問に思ったが、その後に理由が書かれていた。


 死んだと聞かされていた母親が実は生きていたのがしばらくしてわかった。初めは、自分を捨てた親とは会いたいとは思わなかったのだが、母親が末期ガンで、余命が幾許いくばくもないと伝え聞き、せめて一目だけでも会いたいと考えて、居所を探したが、どうしてもわからないので、ウチに依頼してきたようだ。


(親の死に目に会えないのは、つらいからな)


 最期を看取りたいと思うのは、子として当然だろう。


「十時の約束か。もうすぐいらっしゃるね」


「あ、お見えになったようですよ」


 窓から外を見ていた斎藤さんが言った。その直後にドアフォンが鳴った。


 斎藤さんが素早くドアに駆け寄り、押し開けた。


 そこには、長身の青年が立っていた。二十七歳にしては、やや幼さが残る顔立ちだ。髪は七三に分けられており、グレーのシングルのスーツを着ている。


「電話でアポイントを取らせていただいた、市ヶ谷です」


 依頼人は深々とお辞儀をした。俺は席を立って彼に近づき、


「所長の杉下左京です。どうぞ、お入りください」


「失礼します」


 市ヶ谷さんは斎藤さんに会釈して、中に入った。右手にはアタッシュケースを持っている。仕事を抜けてきたのか、それとも休んだのか? どっちでもいいか。


 市ヶ谷さんにソファを進めて、クリップボードを取りに戻ろうとして、机の上に飾っている写真立てを落としてしまった。


「ああ、申し訳ありません」


 市ヶ谷さんが拾ってくれたので、俺は苦笑いして礼を言った。ところが、市ヶ谷さんは写真に見入ってしまって、俺の言葉が聞こえていないようだ。


「あの、どうされましたか?」


 俺は変に思って尋ねた。すると市ヶ谷さんはようやく我に返ったのか、


「ああ、すみません、中学の同級生にそっくりな人が写っていたので」


 写真立てを俺に返しながら言った。


「え?」


 そこで俺は、市ヶ谷さんが樹里と年が同じなのに気づいた。


「もしかして、妻の、いや、樹里の同級生ですか?」


 つい、その写真の美人は、俺の妻だと強調してしまう自分が恥ずかしかった。


「ああ、やっぱり、樹里ちゃん、あ、いや、樹里さんでしたか。そうです。樹里さんは、私の中学の同級生です」


 何故か顔を赤らめて答える市ヶ谷さんを見て、俺は一抹の不安を感じた。

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