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樹里ちゃん、左京の両親の仏壇を買う

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 先日、不甲斐ない夫の杉下左京の故郷を訪れ、左京の両親の墓参りをした樹里は、


「お父様とお母様がお寂しいでしょうから、お仏壇とお位牌を作りましょうか」


 左京には到底無理な事を代わりにしてあげる事にしました。


「くふう……」


 急所に近い痛いところを突かれた左京は、息を詰まらせて苦しみました。


 さっさと両親のところに旅立てばいいのにと思う地の文です。


「うるせえ! 瑠里と冴里と乃里の成人式まで頑張るんだ!」


 育ててもいないくせに欲張りな事を言い放つ左京です。


「更にうるさい!」


 真実を言い当てた地の文に理不尽に切れる左京です。


「そうなんですか」


 それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。


 


 今日は日曜日です。


 樹里は長女の瑠里と次女の冴里、そして三女の乃里を連れて、左京の仏壇を買いに出かけています。


「俺の仏壇じゃねえよ! 俺の両親の仏壇だよ!」


 将来的にはそうなるのに、またしても地の文に言いがかりをつける左京です。


 左京が一緒にいないのは、自分でお金を出せないからです。


「ぐはあ……」


 地の文の直球過ぎる指摘に血反吐を吐いて悶絶する左京です。


 実は、左京はもう一度実家があった埼玉県の町に行き、菩提寺を訪ねているのです。


 先祖代々の命日が書かれた過去帳を預けてあるからです。


「ようやく仏壇を買うのか。先祖不孝と親不孝もここに極まれり、じゃな」


 寺の住職にきつい嫌味を言われて、苦笑いしかできない左京です。


「奥さんに感謝するのじゃぞ、左京」


 左京の両親よりずっと年上の住職は、見た目はまるで妖怪です。


「何じゃと?」


 鋭い眼光で住職に睨まれた地の文は、意識が飛びそうになりました。


「わかってますよ。もう結婚してくれただけで、本当にありがたかったんですから」


 臆面もなく自分はヒモだと認める左京です。


「そういう意味じゃねえよ!」


 正解を告げたはずの地の文に切れる左京です。


 


 その頃、樹里は三人の娘を伴い、家から一番近い仏壇屋に行きました。


 でも、経営者の娘はバツイチでも漫才師と再婚してもいません。


「くださいな」


 瑠里がいきなり、駄菓子屋に入った時に言うセリフを言いました。


「いらっしゃいませ」


 しかし、応対したのは、六十代くらいのベテランの人だったので、全く普通に挨拶をしました。


 流れとしては、非常に面白くない展開だと思う地の文です。


「お仏壇を見せていただきに参りました」


 樹里が進み出て、深々とお辞儀をしました。


「まいりました」


「まいりました」


 瑠里と冴里は、すぐさまママの真似をして頭を下げました。


「お電話くださった杉下様ですね。お待ちしておりました」


 ベテラン社員は、言ってはいけない事を言いました。


「お待たせして申し訳ありません」


 樹里が型通りにボケを言いました。


「いえ、そういうつもりで申し上げたのではありませんので、お気になさらないでください」


 少しだけ動揺した顔で樹里に告げるベテラン社員です。


「そうなんですか」


「そうなんですか」


「そうなんですか」


 樹里と瑠里と冴里は笑顔全開で応じました。ベビーカーの乃里も笑顔全開です。


「それでは、まずこちらからご覧いただけますか」


 ベテラン社員は気を取り直して、近くに並んでいる仏壇を右手で示しました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。瑠里と冴里は事務員のお姉さんが出してくれたジュースに夢中です。


「こちらが一番一般的な仏壇になりまして、お値段もお手頃、大きさも、ごく一般的なご家庭ならば、すんなり収まるサイズになっております」


 ベテラン社員は樹里にカタログを開いて渡しました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。ベテラン社員は更に、


「ちなみに、杉下様の菩提寺はどちらの宗派でしょうか?」


「わかりません」


 樹里が笑顔全開で応じたので、ベテラン社員は少しだけイラッとしました。


「もちろん、どの宗派でも差支えがないものもご用意しておりますので、こちらなどは如何でしょうか?」


 ベテラン社員はもう一度気を取り直して、樹里を別の仏壇が並んでいるところに案内しました。


「そうなんですか」


 樹里は紹介された仏壇の中を覗き込んだり、離れてみたり、裏に回り込んだりしました。


「こちらの仏壇は、どれくらい保つものなのでしょうか?」


 樹里が笑顔全開で買い手として一番気になる事を尋ねました。


「置かれる場所にもよりますが、五十年くらいは保ちますね」


 ベテラン社員はドヤ顔で答えました。すると樹里は、


「短いですね。そうすると、娘達に孫ができる頃には、買い替えないといけないのですね」


 真顔で言ったので、ベテラン社員は心の中でガッツポーズをしました。


(上客だ! もう少し上の仏壇を進めてみよう!)


 営業成績を上げるために樹里を高級仏壇が並んでいるコーナーに案内しました。


「こちらでしたら、百年は保ちます。娘さん達も、買い替えの必要はないと思います」


 鼻息を荒くして、胸を張って告げるベテラン社員です。すると樹里は、


「それですと、孫に孫が生まれる頃には、買い替えないといけないですね」


 それを聞いて、また少しだけイラッとしたベテラン社員ですが、


(これは最上客だ! この店で一番高級な仏壇を売ろう!)


 更に値段が高い仏壇が並ぶコーナーへと樹里を導きました。


「こちらでしたら、未来永劫、まず買い替えのご心配は必要ありません!」


 目を血走らせて、樹里に力説するベテラン社員です。


「そうなんですか。それでは、こちらでお願いします」


 樹里が値段も確認せずに言ったので、ベテラン社員は苦笑いして、


「あの、失礼ですが、こちらの仏壇はお値段が最初のものに比べると百倍ほどしますが、よろしいのですか?」


 お前はそれ程稼ぎがあるのかと言いたいようです。


「現金は持ち合わせていないので、カードでもいいですか?」


「カードでですか? 限度額がありますから、どうですかねえ……」


 若干樹里をバカにし始めるベテラン社員です。


「そうなんですか?」


 樹里が出したのは、所謂上限がないと言われている「ブラックカード」です。ベテラン社員は驚愕のあまり、動かなくなりました。


「横溝さん、どうなさいましたか!?」


 事務のお姉さんは、二杯目のジュースを飲んでいる瑠里と冴里から離れて、樹里がいるところに走ってきました。


 結局、ベテラン社員はそのまま気を失ってしまい、代わりに別の社員が対応しました。


 左京がいたら、恐らくあの世に旅立ってしまうくらい驚いたと思う地の文です。


「そうなんですか」


 それでも、樹里は笑顔全開です。


 


 めでたし、めでたし。

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