樹里ちゃん、真実を語る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里の長女の瑠里のボーイフレンドであるあっちゃんのお父さんの田村さんが、五反田邸を訪れて樹里と話をしました。
いつものように手癖が悪い元泥棒が盗み聞きをしていましたが、肝心なところを聞き逃すというポカをしました。
「手癖は悪くないし! 元泥棒もやめて!」
泣きべそを掻きながら、地の文に抗議する目黒弥生です。
しかも、爽やかな笑顔で去っていった田村さんにポオッとなるという既婚者にあるまじき醜態を晒しました。
「それも触れないで!」
顔を赤らめて地の文に懇願する弥生です。
でも、地の文はすでに弥生の夫である祐樹にラインで送ってしまいました。
「……」
顔面蒼白になり、嫌な汗が顔中から滴り落ちる弥生ですが、地の文は祐樹のラインを知りません。
「ふざけないでよ!」
また泣きながら地の文に切れる弥生です。地の文はふざけてはいません。真面目ではないだけです。
「屁理屈言わないで!」
すでに切れる事でしか、己を落ち着かせる事が出来ない状態の弥生です。
「そうなんですか」
何も気づいていない樹里は、笑顔全開で応じました。
「樹里さん、あの人と何を話していたんですか?」
興味津々の顔で樹里に尋ねる弥生です。もう復活したのかと呆れ返る地の文です。
「いろいろな事です」
笑顔全開で応じる樹里です。
(そういう人だったのを最近忘れていたかも知れない……)
そう思って、項垂れる弥生です。
一方、グウタラ所員だった加藤ありさが娘の加純を連れて現れ、
「樹里ちゃんて、不倫の噂があるけど、どうなの、左京?」
衝撃的な質問をヒモにしました。
「ヒモじゃねえよ!」
多少は真実が含まれている地の文の言葉に激ギレする不甲斐ない夫の杉下左京です。
「所長、そんな噂があるんですか? 私、初耳です」
無給で事務所を手伝ってくれているありさよりずっと若くて美人で巨乳の斎藤真琴が更に念を押すように尋ねました。
「私より若くて美人で巨乳ってどういう意味よ!」
真実を述べただけの地の文に切れるありさですが、もう一度よく真琴を見て、俯いてしまいました。
真実はいつも一つだと思う地の文です。
「そんな噂はないよ、斎藤さん」
左京は顔がねじ曲がるのではないかと思う程引きつりながら応じました。
「そうなんですかあ?」
首を傾げて応じる真琴です。するとありさが復活して、
「そんな噂、あるのよ! 樹里ちゃん、瑠里ちゃんと同じ保育所に通っている男の子の父親と抱き合っていたらしいのよ」
左京は、やや真実とは違うありさの発言に反論できない程ダメージを受けていました。
保育所の運動会があった日、確かに樹里は、田村さんに抱きしめられていたからです。
そして、何よりも、樹里と田村さんがお似合いなのを感じてしまっている左京ですから、何も言い返せません。
「えええ? それって、本当なんですか、所長?」
真琴はありさの話を全く信じていないのか、左京に否定して欲しいようです。
「一部真実、かな?」
もう少しで涙を零してしまいそうな程の悲しみに襲われている左京は、上を向いて答えました。
昔、そんな歌があったと思う地の文です。
「ええ!? そうなの? どこが真実なの?」
ありさが左京の襟首を捻じ上げて詰問しました。
「く、苦しいよ、ありさ!」
左京はありさの手を振り払いました。
「左京、泣いてるの?」
ありさに涙を見られた左京は、
「な、泣いてなんかいねえよ!」
慌てて顔を背けました。すると、そちらには真琴がいました。
「所長、どこが真実なんですか?」
真琴は真剣な顔を近づけています。左京は思わずキスしたくなりました。
「ならねえよ!」
何だかんだ言っても、やはり熱血女性弁護士が好きなのですね?
「それも違う!」
何もかも否定してしまう程、左京は自暴自棄です。
「二人が抱き合っていたというのは、違うよ。相手の男が、樹里を抱きしめただけさ」
また泣きそうになりながら真相を吐露する左京です。涙には血が混じっているかも知れないと思う地の文です。
「何だ、つまんない。そんなの、警視庁時代、散々、左京にされた事と同じじゃん」
肩をすくめて話を盛るありさです。
「いつそんな事した!? 逆だろ!」
左京は真琴の視線を気にしながら反論しました。
ありさがよく左京に抱きついていたのが真実ですが、それは秘密にしようと思う地の文です。
「それは公表しろ!」
面白い展開の方が好きな地の文に切れる左京です。
結局、左京は夕方まで二人に質問責めにされ、ヘトヘトになりました。
ありさが眠ってしまった加純を背負って帰り、真琴が定時の五時で帰ると、左京はソファにぐったりと倒れてしまいました。
「左京さん、こんなところで寝ていると、風邪をひきますよ」
樹里に肩を揺すられて、左京は目を覚ましました。
「パパ、かぜひくよ」
「パパ、ひくよ」
目の前で、心配そうに自分を見ている瑠里と次女の冴里がいたので、左京はゆっくりと起き上がり、
「ありがとう、樹里、瑠里、冴里」
目をこすりながら、お礼を言いました。
「時間になってもお迎えに来ないので、携帯電話に連絡したら、留守電になって出ないと私の携帯に連絡があったんですよ」
樹里はそんな報告も笑顔全開でしています。
「すまない、樹里。今日はちょっといろいろあってさ……」
また悲しい事を思い出して、泣きそうになる左京ですが、瑠里と冴里がいるので、泣けません。すると樹里が、
「今日はあっちゃんパパがママの働いている五反田のおじさんの家まで来たのですよ、瑠里」
左京が一番聞きたくない事を話し出しました。
「そうなの?」
非常に嬉しそうな反応をする瑠里です。冴里はあっちゃんパパをよく知らないので、ポカンとしています。
「あっちゃんね、ママがいないから、ママがほしいっていってるの。だから、るりのママにママになってもらえばいいよっていったの」
「そうなんですか」
偶然にも、樹里と左京が異口同音に応じました。
「あっちゃんパパには、他にあっちゃんのママになって欲しい人がいるのですよ、瑠里。だから、ママがあっちゃんのママにならなくていいのですよ」
樹里の言葉に左京はホッとし、つい笑みを浮かべました。
「パパ、おもいだしわらいをするひとはえっちなんだって、 なかおかせんせいがいってたよ」
瑠里がムッとして左京に詰め寄りました。
「そ、そうなのか?」
左京は自分の心を瑠里に見抜かれたような気がして、ギクッとしました。
やがて、夕ご飯がすみ、左京が瑠里と冴里をお風呂に入れて寝かしつけ、リヴィングルームに戻ってくると、後片付けを終えた樹里が、
「左京さん、いろいろと申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げました。左京はキョトンとして、
「別に樹里に謝られる事なんてないよ」
樹里は左京に近づいて、
「ありささんから電話をもらったんです」
その言葉で左京はありさに殺意を覚えました。
ありさは、樹里に噂の真相を尋ねたのだそうです。そして、左京を問い詰めた事も話しました。
「田村さんは、あっちゃんから瑠里に言われた事を聞いて、私に謝りに来てくださったのです」
そして、樹里は田村さんにいろいろと相談をされたのでした。
真相がわかり、何故か残念になる地の文です。
「左京さん」
樹里は左京の両手を包み込むようにしました。ドキドキしてしまう左京です。
「私が好きなのは、左京さんだけですから」
目を潤ませて言った樹里を抱きしめる左京です。
めでたし、めでたし。