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樹里ちゃん、家族旅行にゆく

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日は、樹里は家族と一緒に旅行に出かけます。


 番犬の左京はお留守番です。


「やめろー!」


 地の文のモーニングジョークに血の涙を流して切れる不甲斐ない夫の杉下左京です。


 家族の序列がゴールデンレトリバーのルーサの下なのは周知の事実です。


「更にやめてくれ!」


 今度は号泣して地の文に懇願する左京です。図星を突かれたので、再起不能になりかけています。


「そうなんですか」


「そうなんですか」


「そうなんですか」


 樹里と長女の瑠里、次女の冴里は笑顔全開で応じました。


 三女の乃里も笑顔全開です。


「しんぱいないよ。ルーサもいっしょだよ」


 瑠里が言いました。左京がルーサの事を心配していると善意に解釈したようです。


「え? ルーサも連れて行くとなると、乗り切れないよ……」


 そこまで言いかけて、やはり自分が置いていかれるのではないかと思い、嫌な汗が大量に噴き出す左京です。


「ルーサのケージも乗せられるワンボックスカーをレンタルしました」


 樹里が笑顔全開で言いました。


「そうなんですか」


 疲れ果てて、樹里の口癖で応じる左京です。


「運転は誰がするんだ?」


 左京が素朴な疑問を述べました。


「私です」


 樹里が笑顔全開で言いました。ホッとする左京です。


「左京さん、ルーサのケージを後ろに積んでください」


 樹里が更に笑顔全開で告げました。


「わかったよ」


 左京はすぐさまルーサのケージを積み込みました。それから、庭の木につないでいたルーサを乗せ、ケージに入れました。


 自分より格下の左京に運ばれるので、ドヤ顔になっているルーサです。


「お前、もっと頑張れよ」


 そう言っているように見えます。


「くふう……」


 あまりにも真実に迫っているので、血反吐を吐いてよろめく左京です。


「よし!」


 リアゲートを閉じると、左京は樹里と手分けをして、瑠里と冴里のチャイルドシート、乃里のベビーシートを座席にセットしました。


「わーい、パパのよりおおきいくるまだ!」


 全く悪気のない瑠里の言葉がグサッと胸をえぐる気がする左京です。


(瑠里は悪くない、瑠里は悪くない)


 必死に自分に言い聞かせる左京です。


「パパのよりおおきい!」


 お姉ちゃんの真似をして叫ぶ冴里ですが、妙な省略をしたので、別の意味で傷つく上に動揺する左京です。


 しかも、先日の保育所の運動会で、瑠里のボーイフレンドのあっちゃんのお父さんが樹里を抱きしめたのを思い出し、更に傷つく左京です。


「どうしたんですか、左京さん?」


 樹里が声をかけたので、


「何でもないよ、樹里」


 そう応じた左京でしたが、いつもと違って、白のトレーナーにブルージーンズのオーバーオールを着ている樹里が小首を傾げていたので、


(可愛い!)


 当社比三倍増しで欲情し、抱きしめてしまいました。


「どうしたんですか、左京さん?」


 樹里はびっくりしながらも、嬉しそうに頬を朱に染めて尋ねました。


(誰が何と言おうと、何が起ころうと、樹里は俺の妻だ!)


 一人でガッツポーズを決めて悦に入る変態左京です。


「うるせえ!」


 正しい描写をしたはずの地の文に切れる左京です。


「左京さん、早く乗ってください」


 樹里はすでに運転席です。


「パパ、おいてっちゃうよ」


「パパ、ちゃうよ」


 瑠里と冴里がほっぺを可愛く膨らませて窓から左京を睨んでいます。


「わかったよ、樹里、瑠里、冴里」


 左京はデレデレして助手席に乗りました。


「では、出発しますね」


 樹里はインパネシフトを動かし、アクセルをゆっくり踏み込むと、ワンボックスカーを発進させました。


「わーい、はしった!」


「わーい、はしった!」


 瑠里と冴里は大はしゃぎです。それを見て、また落ち込む左京です。


(俺の稼ぎじゃ、こんな大きな車は夢のまた夢だ)


 某太閤のような事を妄想する左京です。


「左京さん、具合が悪いのですか?」


 信号待ちで、樹里が尋ねました。すでに七百八ある資格の一つ、看護師の顔になっています。


「いや、そんな事はないよ」


 左京は苦笑いして言いました。


「そうなんですか」


 素直な樹里はすぐに笑顔全開になり、青信号で発進しました。


(頑張るしかないよな)


 左京も前を向きました。車はやがて一般道から高速道路に入りました。


 恒例の関越自動車道です。また殺人事件に巻き込まれるのでしょうか?


「やめてくれ!」


 G県の耶馬神村の殺人事件は、左京にとっては悪夢のような出来事だったのです。


(あの時も、樹里がいたから、事件を解決できた。その前の事件も、更にその前の事件も……)


 結局、一つとして自分で事件を解決していない左京です。


「ううう……」


 痛過ぎるところを突かれて、項垂れてしまう左京です。


 しばらくして、ワンボックスカーは高速を降りて、一般道に入りました。


(焦っても仕方がないさ。背伸びをしても、つらいだけだ)


 とうとう開き直って、ヒモ生活を決意する左京です。


「違うよ!」


 先読みが過ぎた地の文に泣きべそを掻いて切れる左京です。


「左京さん」


 また信号待ちで樹里が話しかけました。


「いや、何でもないよ」


 左京が慌てて言うと、樹里は笑顔全開で、


「いつも瑠里と冴里の面倒を見てくださって、ありがとうございます。私も頑張りますので、これからも末長くよろしくお願いします」


 樹里は深々とお辞儀をすると、スッと左京に顔を寄せて、キスをしてきました。


「え、樹里、瑠里と冴里が……」


 左京が後部座席を見ると、すでにはしゃぎ疲れた瑠里と冴里は眠っており、乃里も熟睡していました。

 

「俺の方こそ、頑張るから」


 左京はキスのお返しをしました。


 


 めでたし、めでたし。

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