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樹里ちゃん、保育所の運動会に出場する

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 先週は、町内の運動会に出場した樹里ですが、今週は長女の瑠里と次女の冴里が通っている保育所の運動会を不甲斐ない夫の杉下左京と共に観に行きます。


 左京は家で留守番をして、代わりにゴールデンレトリバーのルーサを連れて行った方がいいと思う地の文です。


「うるせえ!」


 家での序列を改めて思い知らされた左京は、涙ぐんで地の文に切れました。


「そうなんですか」


「そうなんですか」


「そうなんですか」


 樹里と瑠里と冴里は笑顔全開で応じました。


「早く行こうよ、樹里。左京さん、お留守番、お願いね」


 長男の海流わたるを同じ保育所に通わせている樹里の親友の松下なぎさが現れて、左京に引導を渡しました。


「くはあ!」


 衝撃が大きかったので、左京は血反吐を吐いて仰向けに倒れました。


 こうして左京は、短い人生を終えたのでした。


「死んでねえよ!」


 邪魔者は徹底的に排除する某知事のような地の文に切れる左京です。


「はっ!」


 左京が我に返ると、樹里達はすでに保育所を目指して歩き出していました。


「樹里ー、瑠里ー、冴里ー、乃里ー!」


 三女の乃里もベビーカーで樹里達と共に去っていました。


 左京は一瞬、ルーサの犬小屋を見ましたが、ルーサはいつの間にかなぎさが連れ出しており、左京は途轍もない孤独感を味わいました。


 美味しかったのだろうなと思う地の文です。


「俺は若手芸人じゃねえよ!」


 自意識過剰な左京が地の文に切れました。


 貴方は若手芸人程も稼ぎがない事を自覚していないのですかとは可哀想で言えない地の文です。


「言ってるじゃねえか!」


 図星のど真ん中の事を言われ、血の涙を流して地の文に切れる左京です。


 でも、今日は保育所の運動会だとは知らず、いつもの時間に現れるはずの昭和眼鏡男と愉快な仲間達よりはましだと思う地の文です。


「我らを甘く見ないでもらいたいですね」


 ところが、地の文の予測を裏切り、眼鏡男達は脇道から樹里達に合流していました。


 少し屈辱的な気がする地の文です。


 


 樹里達は何事もなく保育所に到着しました。


「では樹里様、お帰りの時にまた」


 眼鏡男達はいつもより短い距離なので、幾分寂しそうに立ち去りました。


「一緒に見ていけば?」


 自由人のなぎさがトンデモ発言をしましたが、


「保護者以外の方はご遠慮願っております」


 保育所の男性職員の皆さんが立ちはだかりました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じましたが、


「何で? 別にいいじゃん」


 なぎさは不満そうに異議を唱えました。


「保育所の規則ですので」


 男性職員の皆さんは瑠里と冴里と海流を連れて、建物の中に入ってしまいました。


「だって。残念だったね」


 少しはなぎさが食い下がってくれるかと期待していた眼鏡男達でしたが、すぐに同意してしまったので、がっかりして去って行きました。


「犬もダメですよ、松下さん」


 なぎさがルーサを連れたままで入ろうとしたので、男性職員の一人が慌てて戻ってきて止めました。


「だって、左京さん」


 ようやく追いついた左京にルーサのリードを手渡すなぎさです。


「そうなんですか」


 左京は顔を引きつらせてリードを受け取りました。


 がっくりと肩を落としてルーサと共に家に帰る左京です。




 やがて、運動会が始まりました。樹里となぎさはシートが敷かれた観客席に座りました。


 まず最初は、園児全員でラジオ体操です。


 瑠里と冴里は元気いっぱいに動いています。


 時々、喜びのダンスが混入し、職員の皆さんを慌てさせましたが、無事終了です。


 その次は、瑠里のいる組が団体でお遊戯です。


 瑠里はボーイフレンドのあっちゃんと嬉しそうに手を繋いで踊っています。


 左京が観ていたら、卒倒しそうです。


 その次は、冴里がいる組がお遊戯をしました。


 そこへ左京が戻ってきて、樹里の隣に座りました。


「瑠里ちゃん、ラブラブだったよ、左京さん」


 なぎさが余計な情報を左京に教えました。


「え?」


 ギクッとして、次のかけっこの準備をしている瑠里とあっちゃんを悲しそうに見る左京です。


「そうなの?」


 不安になった左京は、小声で樹里に尋ねました。


「そうですよ」


 事も無げに笑顔全開で答える樹里です。


「そうなんですか」


 左京は引きつり全開で応じました。


 冴里達のお遊戯が終わり、瑠里達のかけっこの番です。


「瑠里、頑張って!」


 樹里が笑顔全開で言いました。


「うん、がんばるよ、ママ!」


 瑠里は笑顔全開で応じました。それを見て、少しだけホッとする左京です。


 そして、かけっこが始まりました。瑠里は三番目に走ります。


「ああ、自分の事のようにドキドキしてきたよ」


 左京は心臓の辺りを押さえて言いました。


「歳なんだね、左京さん」


 なぎさが身も蓋もない事をあっけらかんとした顔で言いました。


「くうう……」


 更に心臓の辺りが痛くなりかける左京です。


 そして、遂に瑠里の番です。好スタートを切り、瑠里はトップで走り出しました。


 母親の樹里譲りの速さで、他の園児を圧倒し、ぶっちぎりの一位でした。


「やったあ、瑠里!」


 大喜びする左京ですが、瑠里があっちゃんと抱き合って喜んでいるのを見て、気絶してしまいました。


「大丈夫ですか、左京さん?」


 樹里がすぐさま看護師の顔になり、左京の呼吸と脈拍を看ました。


「気を失っているだけです」


 心配して駆けつけてくれた保護者会の役員さんに告げる樹里です。


 次は、海流達の組です。まだ小さい子ばかりですから、みんなで音楽に合わせて行進するだけです。


「頑張れー、海流!」


 それでも、なぎさは大声で応援しました。その声があまりにも大きいので、海流は恥ずかしいのか、終始俯き加減でした。


 そして、次は親子競技です。本当は左京が出るはずでしたが、瑠里の一件でショックを受け過ぎ、起き上がる事ができないので、樹里が代わりに出場する事になりました。


「樹里、頑張ってね」


 なぎさは乃里を預かりながら言いました。


「はい、なぎささん」


 樹里は笑顔全開で応じ、瑠里と共に借り物競争のスタート地点に行きました。


「パパ、だいじょぶ?」


 瑠里が心配そうに尋ねたので、


「大丈夫ですよ。だから、パパのために一番になりましょうね」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「うん!」


 嬉しそうに頷く瑠里です。


 借り物競争が始まりました。


 樹里と瑠里のチームは、五番目です。しかし、左京はまだ起き上がれません。


 そのまま永遠に眠ってくれればいいのにと思う地の文です。


「うるせえ!」


 地の文の言葉が気付け薬になった左京は、一瞬にして飛び起きました。


「おお!」


 場内がどよめいたので、スタート地点を見ると、樹里がタンクトップに短パン姿で立っていました。


 同時にあちこちでお母さんがお父さんの耳を引っ張っているのが見られました。


 いよいよ樹里と瑠里の番です。


 まず最初に瑠里が走り、先生からお題が書かれた紙を受け取ります。


 すると、瑠里が嬉しそうに左京の所に走ってきました。


 不甲斐ない人と書かれていたのでしょうか?


「違うよ!」


 左京はドヤ顔で紙を見せました。そこには「イケメン」と書かれていました。


 間違っているので、瑠里は別の人を探さないといけません。


「うるさいよ!」


 ルールを守るように勧告している地の文を無視して、大喜びで瑠里と走り出す左京です。


 左京と瑠里は樹里が待つ第二スタート地点に向かいました。


「頼んだぞ、樹里」


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で左京から瑠里を託され、次の借り物ポイントに向かいます。


 左京にお父さん達の嫉妬の視線が集中していると思う地の文です。


(勝った!)


 左京は周囲のお母さん達を見てガッツポーズを決めていたので、その視線には気づいていません。


 次の借り物ポイントでは、瑠里は「びじん」と書かれた紙を渡されたので、


「ママ!」


 喜んで樹里の手を取り、走り出しました。そのお陰で、樹里瑠里チームは断トツの一位でゴールしました。


「やったね、るりちゃん!」


 先にゴールしていたあっちゃんと瑠里がまた抱き合いました。


(瑠里ー!)


 血の涙を流して心の中で叫ぶ左京です。更に、


「やりましたね、奥さん!」


 あっちゃんのお父さんらしき男性が樹里を抱きしめたのを見て、とうとう卒倒してしまう左京です。


 


 めでたし、めでたし。


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