樹里ちゃん、母親に助けを求められる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
先日、樹里達の実の父親である赤川康夫がアメリカから帰国しました。
康夫は、合衆国政府の機密事項に関わる仕事をしているので、樹里の家で一日骨休みすると、すぐにアメリカ軍の幹部と会議を開くために出かけました。
康夫が泊まり込みの仕事になる事を告げると、ワガママな元妻の由里はすねてしまいました。
「何だって?」
言い回しを間違えた地の文にドスの効いた声で詰め寄る由里です。
地の文は身体中の水分があらゆるところから全て外に出てしまいました。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。
今日は樹里がお休みで、珍しく不甲斐ない夫の杉下左京が仕事なのです。
「うるさい!」
一言多い地の文にどこかで切れる左京です。
「あ、そんな事で騒いでいる場合じゃないのよ、樹里」
何故か涙ぐんで樹里の両手を握りしめる由里です。
いつもなら、突っ込みをする地の文ですが、トラウマが蘇りそうなのでできません。
「どうしたんですか、お母さん?」
樹里は首を傾げて尋ねました。由里は辺りを憚るようにして、
「お義母様がいらっしゃるらしいのよ」
「お祖母様が、ですか?」
樹里は笑顔全開で尋ね返しましたが、由里は泣きそうな顔で、
「そうなのよ。康君が帰国したので、様子を見に来るらしいんだけどね」
どうやら、康夫の母親が来るらしいです。しかも、由里はその母親が苦手のようです。
これはいい事を聞いたと思う地の文です。
「前に康君が帰国した時は、お義母様が海外にいたので良かったんだけど、今回は間が悪くて、日本にいるらしいのよ」
由里は身震いして言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。由里は溜息を吐いて、
「私、あの人、苦手なのよね。病気で入院したって事にしてくれない、樹里?」
また目を潤ませて樹里の両手を握りしめました。
「ダメですよ、お母さん。お祖母様は元看護師なのですから、そのような嘘は通用しませんよ」
樹里は笑顔全開で厳しい現実を突き付けました。
「そうなんですか」
思わず樹里の口癖で応じてしまう由里です。
「お祖母様はいついらっしゃるのですか?」
樹里が尋ねました。すると由里は肩をすくめて、
「明日よ。急過ぎるでしょ?」
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。
「そうだ! 左京ちゃん、どうせ暇よね? 顔合わせも兼ねて、お義母様の相手をさせてよ。ついでに曽孫の顔を見せてあげれば、私がいなくても気がつかないでしょ?」
由里はニヤリとして提案しました。
「お祖母様がいらっしゃるのなら、左京さんには是非引き合わせたいです。でも、お母さんがその場にいないのはダメです」
「だってェ……」
無敵と思われた由里にも、義理の母親という弱点があったのは収穫だったと思う地の文です。
「ひっ!」
その時、由里のスマホが鳴り出しました。
「樹里、出て! 噂をすればよ!」
由里は樹里にスマホを放り投げて言いました。
「仕方ないですね」
樹里は溜息を吐いて通話を開始しました。
「お久しぶりです、樹里です、お祖母様。お元気そうなお声で、安心しました」
樹里が笑顔全開で告げると、相手がしばらく喋りました。樹里は由里を見て、
「何故、由里さんのスマホにかけたのに樹里ちゃんが出るのか理由を説明して欲しいとおっしゃってます」
スマホを由里に差し出しました。由里はがっくりと項垂れて、スマホを受け取ると、
「ご無沙汰しています、お義母様。お元気そうで何よりです」
ヨソ行きの声で言いました。そして、しばらく相手が喋りました。樹里との時よりかなり長く話しています。
由里はうんざりした顔でスマホを耳から話して、キッチンのテーブルの上に置いてしまいました。すると、
「由里さん、聞いていますか?」
怒気を含んだ声が部屋中に響きました。
「え?」
由里はびっくりして、後ろを見ました。そこには、スマホを右手に持った上品そうな顔立ちのグレーの豊かな髪をアップにした和服の女性が立っていました。
「お、お、お、お義母様!」
由里は顎も外れんばかりに驚いて、尻もちを突いてしまいました。
「まあ、はしたない、由里さん。何をしているのですか?」
その女性は樹里に視線を移し、
「しばらくね、樹里ちゃん。立派になったわね」
樹里を抱きしめました。
「ありがとうございます、お祖母様。本当にお久しぶりです」
そこへ無職の男が入ってきました。
「無職じゃねえよ!」
せめてニートと言って欲しいと思っている左京が地の文に切れました。
「ニートでもねえし!」
左京は樹里に近づき、
「お義父さんに頼まれて、お義祖母様をお迎えに行ってきたんだよ」
そして、尻もちを突いている由里を見てプッと笑いました。
「な、何よ、左京ちゃん! 笑い事じゃないでしょ!」
由里が恥ずかしさと怒りでピョンと立ち上がると、
「そうです。笑い事ではありませんよ、由里さん。貴女、私が苦手だそうね?」
康夫の母親は由里を目を細めて見ました。更に仰天する由里です。
「貴女の言動は、しばらく前から玄関で聞いていました。そのお陰で、貴女の私に対する思いがよくわかりました」
その言葉に由里は意識が飛びそうになっていました。
「貴女へのお説教は後回しにして、まずは可愛い曽孫の顔を見せていただこうかしら?」
康夫の母親は笑顔全開で樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
めでたし、めでたし。