樹里ちゃん、更にしつこく殺し屋に狙われる(後編)
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里は、世界犯罪者連盟、通称「世犯連」に命を狙われています。
今まさに、樹里は世犯連が差し向けた殺し屋の熊田さんに襲いかかられようとしていました。
「熊田じゃねえよ! ついでに今田でもねえよ!」
地の文のボケ封じをしたその名無しの殺し屋はツイッターに暴言を呟きました。
「ツイートはしてねえよ!」
SNSは苦手な昭和生まれの殺し屋は、地の文に切れました。
「うるさい!」
詳細を語っただけの地の文に更に切れる殺し屋です。
「はっ!」
我に返ると、いつの間にか樹里はキッチンからいなくなっていました。
「くそ!」
殺し屋は歯軋りしてキッチンを飛び出しました。
「ここから先は行かせないよ、むさ苦しいおっさん!」
もうすぐおばさんの目黒弥生が言いました。
「うるさいわね! まだ私は二十代前半よ!」
ちょっとした年齢の差に激ギレする弥生です。
「邪魔だ、どけ、クソガキ!」
殺し屋は弥生にお世辞を言って通り抜けようとしました。
「お世辞じゃねえよ!」
異口同音に切れる弥生と殺し屋です。
「ガキじゃないよ、レディだよ!」
怒り心頭に発した弥生は、目にも止まらぬ早業で殺し屋の鳩尾に肘鉄を叩き込みました。
「ぐへえ……」
殺し屋は口から泡を吹いて蟹の真似をしました。
「蟹の真似じゃねえよ……」
地の文のボケに突っ込みながら気を失う殺し屋です。
「よし!」
弥生はガッツポーズをして、殺し屋を結束バンドで縛り上げました。
「貴様、よくも弟を!」
その声に弥生がビクッとして振り返ると、全く同じ容貌と服装のむさ苦しい男が立ってました。
「ええ?」
一瞬混乱して、縛り上げた殺し屋を見る弥生ですが、そこには確かに先程倒した殺し屋が気絶していました。
「死ね!」
そのドッペルゲンガー並みによく似た男が、サバイバルナイフを振り上げて弥生に切りかかりました。
「騒がしいのよ」
ところが、そのむさ苦しい男は後ろから現れた有栖川倫子に倒されました。
「首領!」
弥生が嬉しそうに叫びました。倫子は、
「喜ぶのはまだ早いわ、キャビー。こいつら、双子じゃないのよ」
「え?」
倫子の言葉にキョトンとする弥生です。
その頃、樹里は何事もなかったかのように応接間で麻耶達にジュースを出していました。
「今田先生、遅いね」
女子生徒の一人が言うと、男子生徒の一人が、
「でかい方じゃねえの」
下ネタを言ったので、女子達は揃って嫌な顔をしました。
「失礼」
そこへ、更にむさ苦しい男が何事もなかったかのように入ってきました。そして、いきなりスタンガンを取り出して、樹里に襲いかかりました。
「きゃあ!」
麻耶達女子は悲鳴をあげて部屋の隅に逃げました。
「おい、今田、何の真似だよ!?」
男子生徒のもう一人が今田先生らしき男に怒鳴りました。しかし、男は見向きもせず、樹里に詰め寄っていきます。
「その人は今田先生ではないわ! みんな、逃げて!」
そこへ倫子が飛び込んできて叫びました。
「いやあ!」
女子達は倫子と弥生に庇われて応接間を脱出しました。男子達も後退りして応接間を出ました。
「何だ、お前ら? 一緒に殺して欲しいのか?」
むさ苦しい男その三がニヤリとして倫子と弥生を見ました。右手に持っているスタンガンから、火花がバチバチと飛び散っています。
「あ!」
倫子と弥生が同時に叫びました。
「ぐえ!」
むさ苦しい男その三は樹里が持っていたスタンガンにやられて、気絶しました。
樹里の父親の赤川康夫特製のスタンガンは、口から魂が飛び出しそうになる程強烈です(不甲斐ない夫の杉下左京さんの個人的な感想)。
(樹里ちゃん、容赦ない……)
弥生は顔を引きつらせて思いました。
「こいつらは三つ子ではなくて、六つ子なのよ。旦那様が危ないわ!」
倫子が言いました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。
その当人である五反田氏は、銀座に建設中のショッピングモールの視察に訪れていました。
それを建物の陰から見ている者がいました。
熊田さんです。
「違うよ!」
地の文のボケに反応して大声で切れてしまう間抜けな殺し屋です。
「何だ、お前は?」
五反田氏には倫子から連絡が行っていたので、屈強な男達が護衛についていました。
「五反田六郎、何の恨みもないが、死んでもらうぞ!」
むさ苦しい男その四は、不敵な笑みを浮かべ、日本刀を抜くと大上段に振りかぶって突進してきました。
「かかれ!」
五反田氏の護衛の男達五人が、一斉に殺し屋に飛びかかりました。
「残念だったな。そいつは囮だよ」
更にむさ苦しい男その五が現れ、ピアノ線を持って五反田氏に接近しました。
「しまった!」
護衛の男達はむさ苦しい男その四を取り押さえながら、歯軋りしました。
「させない!」
するとそこへ、五反田家の住み込み医師である黒川真理沙ことヌートが現れ、むさ苦しい男その五を倒しました。
「黒川先生、ありがとう」
五反田氏は真理沙の強さに驚きながらもお礼を言いました。
「旦那様、危ないです!」
真理沙が顔色を変えて叫びました。別の方向からむさ苦しい男その六が登場し、五反田氏に向かってボーガンを射ってきたのです。
(間に合わない!)
真理沙と護衛の男達が心の中で叫びました。その時でした。
「六ちゃん、お待たせ!」
樹里の親友であり、五反田氏の親友でもある松下なぎさが現れました。
「ああ!」
五反田氏が叫びました。
「え?」
なぎさが手を振りながら近づいてきた時、その振っていた手が偶然にもボーガンの矢を弾き飛ばしました。
「何ーッ!?」
真理沙も護衛の男達も、ボーガンを放ったむさ苦しい男その六も驚愕して叫びました。
「何、どうしたの?」
状況を全く理解していないなぎさは、嬉しそうに辺りを見回します。
「おのれ、邪魔するな、バカ女め!」
むさ苦しい男その六が、鬼の形相でなぎさに向かってきました。
「え? バカ女って、私の事?」
なぎさはムッとした顔でむさ苦しい男その六を睨みました。
「死ね!」
男はボーガンの矢を振り上げてなぎさに襲いかかりました。
「私はバカじゃないよ!」
なぎさは怯む事なく男に言い返しました。
「どっちでもいいから、死ね!」
男はボーガンの矢をなぎさに振り下ろしました。
「はあ!」
なぎさの渾身の掌底が男の股間に炸裂しました。
「ぐうう……」
むさ苦しい男その六は脂汗を大量に垂らしながら地面に倒れ伏しました。
「……」
五反田氏を始め、それを見ていた周囲の男達全員が、思わず股間をかばってしまいました。
(なぎささん、強い……)
真理沙は顔を引きつらせました。
「人をバカって言っちゃいけないって、お母さんに言われなかったの?」
なぎさは痛みのあまり、意識が飛びかけている男にコンコンとお説教をしました。
めでたし、めでたし。