樹里ちゃん、加藤警部に告白される
御徒町樹里は居酒屋と喫茶店で働くメイドです。
一体いつ寝ているのかと言うくらいの働き者です。
そんな樹里が働く居酒屋に、警視庁捜査一課の加藤警部が訪れました。
先日、酔った勢いで樹里を口説いてしまいましたが、今回はシラフの状態で口説こうと決意し、やって来ました。
「いらっしゃいませ」
樹里はそんな事とは知らずに、いつものように笑顔全開で応対します。
「元気ですか?」
顔は脱獄囚のような加藤警部ですが、とても小心者です。
樹里のような美人には、どう話しかけて良いのかわかりません。
「はい、おかげ様で。ば加藤さんもお元気そうで」
樹里は悪気なくそう言いました。他の誰かの発言なら、完全に切れている加藤警部ですが、樹里には怒りません。
「ハハハ、僕はバ加藤ではなくて、加藤です、樹里さん。名前を間違えないで下さいね」
「そうなんですか」
樹里はニッコリして言いました。
「ご注文は?」
「取り敢えず、ビールで」
「トリアエズビールですか? そのような銘柄はありませんが」
樹里は大真面目に言います。加藤警部は苦笑いして、
「ハハハ。そうですね。生ビールを下さい」
「ピッチャーでいいですか?」
「は?」
加藤警部は今度は意味が分かりません。
「杉下さんが、加藤さんはたくさん飲むからジョッキでは間に合わないと言っていました」
「そうですか。別にピッチャーでもいいですよ」
本当なら怒り出すところですが、できるだけ樹里と話していたい加藤警部は、決して切れたりしません。
「かしこまりました」
樹里は深々とお辞儀をして、厨房に戻りました。
「杉下の阿呆が、何て事を言うんだ……」
後で杉下警部の首を絞めてやろうと決意する加藤警部です。
「お待たせしました、生ビールです」
樹里が持って来たのは、超特大のピッチャーで、ゴミ箱のようです。
「な、な、な……」
加藤警部は口をあんぐりです。
「おつまみはいかがですか?」
樹里が笑顔全開で尋ねます。加藤警部はハッと我に返って、
「枝豆と冷や奴を下さい。それから、揚げ出し豆腐も」
「かしこまりました」
それでも嬉しい加藤警部です。
(やっぱり可愛いよなあ。杉下なんかに渡したくないよなあ)
加藤警部はデレーッとして、歩いて行く樹里を見ています。
「お客さん、ビールが温まってしまいますよ。早く飲まないと」
「あ、そうですね」
加藤警部はハッとしてピッチャーを持ちました。
「あれ?」
何故か向かいの席に特捜班の神戸蘭警部がいます。
「お、お前、何でそこにいるんだ?」
加藤警部は驚いて尋ねました。神戸警部はニヤッとして、
「貴方こそ、どうしてこの店に来たのよ、加藤君? 居酒屋は嫌いだって言ってなかったっけ?」
と嫌味タップリに言いました。加藤警部はドキッとして、
「こ、この前ここに連れて来られて、料理が美味しいからまた来たんだよ」
「ふーん、料理がね」
神戸警部の冷たい視線に、思わず顔を俯かせる加藤警部です。
「一つ訊きたいんだけど」
神戸警部は頬杖を着いて言いました。
「な、何だよ?」
加藤警部はチラッと神戸警部を見ます。
「あの子のどこがそんなにいいの?」
ギクッとする加藤警部です。
「な、何の事だ、神戸?」
視線が定まらなくなるほど狼狽えている加藤警部です。
「恍けなくていいわよ。あの御徒町樹里が目当てなんでしょ、貴方?」
神戸警部は刑事の目で言いました。加藤警部はその目に射竦められたかのように、
「は、はい……」
「だったら教えて。あの子のどこがそんなにいいの?」
神戸警部は、答えない場合は射殺しそうな迫力です。
加藤警部は意を決して言いました。
「あの子は、お前みたいにそんな不躾な事を訊いたりしないからだ」
「……」
神戸警部は打ちのめされてしまいました。
「そ、そう。ありがとう。よくわかった」
神戸警部はガックリと肩を落として立ち去ってしまいました。
「何しに来たんだ、あいつ?」
鈍感な加藤警部は、神戸警部が杉下警部に惚れている事を知りません。
「お待たせ致しました」
そこへ樹里が料理を運んで来ました。
「おお、うまそうだ」
「ありがとうございます、加藤さん」
加藤警部は、居ずまいを正して樹里を見ました。
「樹里さん」
「はい」
樹里はニコニコしています。
「今、お付き合いしている人はいますか?」
加藤警部は顔を真っ赤にして尋ねました。
「いいえ」
樹里は相変わらず笑顔で答えます。加藤警部は心の中でガッツボーズを決め、
「で、では、自分と付き合って下さいませんか?」
と思い切って告白しました。
「いいですよ」
「えっ?」
間髪入れない樹里の返事に、加藤警部は驚いてしまいました。
「ほ、本当ですか?」
「はい」
加藤警部は雄叫びを上げたくなりました。でも何とか堪えました。
「同伴は一日一万円になります」
樹里は笑顔で説明します。
「……」
加藤警部は燃え尽きてしまいました。
樹里があまりにもお客から誘われるので、店長が考え出したシステムでした。




