表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
449/839

樹里ちゃん、上から目線作家に詰め寄られる

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


「では、行って参りますね」


 樹里は笑顔全開で告げました。


「いってらっしゃい、ママ!」


 髪を長く伸ばし、ツインテールにした長女の瑠里が笑顔全開で応じました。


「いってらっしゃい、ママ!」


 お姉ちゃんより髪が短い次女の冴里は、髪をおさげにしています。


「行ってらっしゃい、樹里」


 愛息の海流わたるを抱いている親友の松下なぎさが言いました。


「行ってらっしゃい」


 不甲斐ない夫の杉下左京は、項垂れ全開で応じました。


 先日、高校の同級生の依頼で名古屋に行き、仕事は無難にこなしたのですが、帰りの新幹線の乗車券を紛失し、各駅停車で帰ってきたのです。


 さすが、東日本きってのヘボ探偵だと思う地の文です。


「うるさい!」


 事実をありのままに述べた地の文に理不尽に切れる左京です。


 新幹線に乗れなかったせいで、迎えに行った樹里に待ちぼうけを食わせ、嫌な汗をしこたま掻き、土下座した左京です。


「ううう……」


 過去を鮮明に思い出させた地の文のせいで首が折れる程更に項垂れる左京です。


 スマホで連絡すれば済む事でしたが、猿より知恵が回らない左京には、そんな発想はなかったのです。


 新幹線の乗車券を紛失した事でパニックになり、何も考えが廻らなくなったのでした。


 小学生か、と思う地の文です。


「くはあ……」


 痛過ぎる突っ込みを入れられ、悶絶する左京です。


「何してるの、松下さん?」


 なぎさに問いかけられ、ハッと我に返ると、すでに樹里は三女の乃里をベビーカーに乗せて出発しており、瑠里と冴里は保育所の男性職員の皆さんがバスで迎えに来ていました。


「樹里ー、瑠里ー、冴里ー、乃里ー!」


 叫び声を上げる左京ですが、その時すでになぎさは家の中に戻っていました。


 一瞬、気が遠くなりかけましたが、


(負けるものか!)


 自分に強く言い聞かせて、家に入る左京です。


 


「では樹里様、お帰りの時にまた」


 左京のせいで、昭和眼鏡男と愉快な仲間達も登場シーンを大幅にカットされてしまいました。


 いつか左京に仕返しをしてやろうと心に固く誓う眼鏡男達です。


「そのような事は断じて考えておりません!」


 その顔と違い、心は清らかな眼鏡男達は、邪推をした地の文に切れました。


「顔は関係ないでしょう!」


 褒めたつもりの地の文に憤激する眼鏡男達です。


「ありがとうございました」


 それにも関わらず、樹里は笑顔全開でお礼を言い、ベビーカーを押して邸に向かいました。


「ううう……」


 樹里の言葉に感涙し、近所の人に不審者だと思われそうになった眼鏡男達です。


「樹里さーん!」


 いつものようにもう一人のメイドの目黒弥生が走ってきました。


「おはようございます、弥生さん」


 樹里は笑顔全開で挨拶しました。


「おはようございます。乃里ちゃんも大きくなりましたね。ベビーカーに乗れるようになって」


 弥生は作り笑顔で心にもない事を言いました。


「違うわよ!」


 まるで某衆議院議員のように切れる弥生です。


 ボイスレコーダーを準備する地の文です。


「やめてよ!」


 警察には弱みがある弥生は途端に弱腰になりました。


「樹里さん、大村先生がお見えです」


 苦笑いして告げる弥生です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 


 樹里は邸に入ると乃里に授乳をすませ、育児室のベッドで寝かしつけると、着替えをすませて紅茶を淹れ、上から目線作家の大村美紗が待つ応接間に向かいました。


「いらっしゃいませ、大村先生」


 樹里は深々とお辞儀をして挨拶しました。


「ご機嫌よう、樹里さん」


 相変わらずの仰け反りスタイルで応じる美紗です。


 樹里に出された紅茶を一口飲むと、


「あの子は、私が紹介した新築の家に引っ越すのを拒否したそうね、樹里さん」


 また仰け反って言いました。まるで「ミサバウアー」だと思う地の文です。


(また幻聴がしたけど、反応してはダメなのよ!)


 必死にかかりつけの心療内科医の言いつけを守ろうと頑張る美紗です。


「不動産屋さんが途中でいなくなってしまったのです」


 樹里は笑顔全開で真実を伝えました。


「それはきっと、あの子が途方もない事を言ったからでしょう? 後から連絡を入れたら、アクト不動産の堀田さんはあの日の夕方に入院したそうよ」


 美紗は尚も仰け反ったままで樹里に詰め寄りました。なかなかにすごいテクニックだと思う地の文です。


「そうなんですか」


 それにも関わらず、樹里は笑顔全開で応じました。


「とにかく、お詫びも兼ねて、もう一度アクト不動産に行くようにあの子に伝えてくださらない? このままでは、私の顔が丸潰れなのよ」


 美紗は樹里に寄りかかるように詰め寄って言いました。


 元々顔は潰れているじゃないですかと思う地の文です。


「今私の悪口を誰かが言ったわよね、樹里さん? 聞こえたでしょ?」


 遂に我慢の限界を超えてしまった美紗は、樹里に激しい口調で尋ねました。


「何も聞こえていません」


 樹里は笑顔全開で否定しました。


「きいい! もういいわ! どうして誰もあの声が聞こえないの!?」


 完全に病状が悪化してしまった美紗は、そのまま応接間を出て行ってしまいました。


 


 その日の夜、家に戻った樹里は美紗の伝言をなぎさに伝えました。


「仕方ないなあ。叔母様って、言い出したら聞かないんだから」


 なぎさはまた樹里に付き添ってもらい、翌日にアクト不動産に行く事にしました。


 しかし、連絡を入れても誰も電話に出ません。


「困りましたね」


 樹里は笑顔全開で言いました。


「ママ、ワン太夫観たい!」


 瑠里がテレビ夕焼の人気アニメを観るためにテレビのリモコンを操作しました。すると、


「本日午後一時頃、東京都港区にある大手不動産会社のアクト不動産が会社ぐるみの詐欺容疑で警視庁の家宅捜索を受けました」


 樹里となぎさに縁のある男性アナウンサーが深刻な表情でニュースを伝えていました。


「アクト不動産て、叔母様が紹介してくれたところだよね?」


 まるで他人事ひとごとのように言うなぎさです。


「そうですね」


 樹里もまるで他人事のように応じました。


 アクト不動産が詐欺容疑で捜査対象になった事を知った美紗は、その場で卒倒したそうです。


 ある意味めでたしめでたしだと思う地の文です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ