樹里ちゃん、なぎさと一緒に保育所へゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
親友の松下なぎさの自由奔放な行動で、多くの人達が迷惑する中、全く巻き込まれた自覚がない樹里は、いつも通りの平穏な時を過ごしました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
「樹里の家、凄く快適だから、ずっと一緒に暮らしてあげてもいいよ」
何をどう解釈すればそこまで上から物が言えるのかと思ってしまうなぎさの発言に、
「そうなんですか」
樹里は引き続き笑顔全開ですが、不甲斐ない夫の杉下左京は引きつり全開です。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
長女の瑠里と次女の冴里も、母親と寸分違わぬ笑顔全開で応じました。
三女の乃里も、言葉こそ発しませんが、笑顔はそっくりです。
「あー、いやいや、なぎささん、そんな事はできませんよ。できるだけ早く、引っ越し先を見つけないといけません」
このお話の良心的存在の松下栄一郎が嫌な汗をハンカチで拭きながら言いました。
「ええ? そうなの? 栄一郎はそんなに樹里達と暮らすのが嫌だったのね?」
曲解したら右に出る者はいないと言っても過言ではないなぎさが、とんでもない事を言い出しました。
「そうなんですか?」
樹里が若干悲しそうな顔で自分を見たので、
「あー、いやいや、そういう事ではなくてですね……」
滝のような汗を流しながら説明しようとする栄一郎ですが、
「むう、栄一郎ったら、樹里を見る時、顔を赤くして嬉しそうにしないでよ!」
また妙な嫉妬センサーが反応してしまうなぎさが暴走発言しました。
「そうなんですか」
あまりにも自由過ぎる妻の発言に思わず樹里の口癖で応じてしまう栄一郎です。
このまま、なぎさと会話をしていても、何一つ解決しないどころか、勤務先の法律事務所に遅刻してしまうと思った栄一郎は、
「帰ってきたら、ゆっくり話しましょう」
逃げるように樹里の家から出て行きました。
「もう、都合が悪くなると、すぐに仕事に行っちゃうんだから」
口を尖らせて愚痴をこぼすなぎさを見て、
(可愛い)
すぐにエロい視線を向ける左京です。
「向けてねえよ!」
真実を指摘したはずの地の文に切れる左京です。しかも下ネタです。
「どこが下ネタなんだよ!」
更に切れる左京です。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
樹里と瑠里と冴里が笑顔全開で応じました。何となく顔が赤くなる左京です。
「ねえ、どこがむけてないの?」
なぎさが更にその話題を深く掘り下げようとしました。
「ああ、もう保育所に行く時間ですよ。海流君はもう準備できていますか?」
焦って話題を逸らそうとする左京です。
「海流はまだ入所の手続き中だから、行かなくてもいいんだよ」
そんなところはきちんと理解しているなぎさのお気楽さに脱力感がハンパない左京です。
「では左京さん、乃里をお願いしますね」
樹里が笑顔全開で授乳をすませて眠っている乃里を渡してきました。
「ええ!?」
突然の展開に左京は驚愕して乃里をもう少しで落としてしまいそうになりました。
「今日、なぎささんと一緒に保育所に行って、最終的な手続きをしてきます」
樹里が笑顔全開で言い添えたので、
「そうなんですか」
本日二度目の引きつり全開になる左京です。
「じゃあ、パパ、いってくるね。おるすばん、おねがいね」
「おねがいね」
瑠里と冴里がお姉ちゃんぶった口調で告げました。
「わかったよ、瑠里、冴里」
デレデレして応じる左京です。
そんな展開なので、いつもの昭和眼鏡男と愉快な仲間達は出番がありません。
「何故ですかー!?」
非情な地の文の宣告に血の涙を流して絶叫する眼鏡男達です。
そして、瑠里と冴里を連れた樹里、海流を抱いたなぎさは、変態集団の護衛などなくても、無事に保育所に着きました。
「変態集団ではありません!」
まだ出番を得ようと食い下がって抗議する眼鏡男達です。
某若手俳優と同じで、あまりにも若い女性に興味があるのは立派な変態だと思う地の文です。
「くうう……」
痛いところを突かれた眼鏡男達は悶絶しました。
「お待ちしておりました」
もう一つの変態集団の登場を阻止するために素早く現れた保育所の所長です。
「変態集団ではありません!」
同じく猛抗議する保育所の男性職員の皆さんです。
自分達の立ち位置をよく理解していると感心してしまう地の文です。
「手続きの方はすでに完了しておりますので、本日からでもお預かりできます」
愛想笑いを浮かべて、揉み手をしながら告げる所長です。
それもこれも、なぎさが五反田氏の親友で、叔母が大物作家の大村美紗先生だからです。
「違います!」
長いものには前もって巻かれる約束をするくらいの所長は全力で地の文の推理を否定しました。
ああ、大村先生はすでに過去の人ですから、関係ないのですね。
「そこじゃないです!」
焦って言い訳する所長です。
「過去の人だなんて聞こえたけど、全部幻聴なのよ!」
どこかで病気と闘っている大村先生です。
所長室に通された樹里となぎさは、副所長が出してくれた紅茶を飲みました。
「海流君は今からでもお預かりできますが、如何なさいますか?」
先程言ったはずなのに、全くスルーされた所長がもう一度尋ねました。すると、
「ああ、それなんだけど、樹里の家で生活している間は、私、全然忙しくないから、海流の面倒は見られるし、栄一郎も手が空くから、育児の手伝いをしてもらえるので、いいかなあって思ってるの」
なぎさは某国の委員長もびっくりの発言を繰り出しました。
「ええええ!?」
所長と副所長が見事なハモり具合で仰天しました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は笑顔全開です。
めでたし、めでたし。