樹里ちゃん、亀島馨の彼女になる?
御徒町樹里は居酒屋と喫茶店で働く「本物」のメイドです。
すでに生きながらにして伝説になっています。
そんなある日、居酒屋に警視庁特捜班の亀島馨がやって来ました。
杉下左京警部も神戸蘭警部も一緒ではありません。
「いらっしゃいませ、亀島さん」
笑顔全開で挨拶する樹里です。
しかし何故か亀島は深刻な顔をしています。
「御徒町さん、このお店は何時に終わりますか?」
「午前五時です」
樹里が答えます。亀島は、
(え? でも、そうすると朝十時から喫茶店で働いている樹里さんは、いつ寝ているのだろう?)
と心配になりました。でも今はそんな事を考えている余裕はないのです。
「わかりました。お店が終わったら、ちょっとお話があるんです」
「今聞きますよ」
樹里はニコニコして言います。亀島は何故か赤くなり、
「いえ、ここではちょっと……。とにかく、付き合って下さい、お願いします」
「はい」
樹里はそう答えると、厨房に戻って行きました。
「ああ……」
憂鬱そうに溜息を吐く亀島です。
そして居酒屋は閉店し、樹里達は後片付けをして出て来ました。
もう外は明るくなっています。
「御徒町さん、こっちです」
亀島が眠そうな目で言いました。
「はい」
樹里は元気いっぱいです。
「大丈夫ですか、時間?」
亀島は心配になって尋ねました。すると樹里は、
「大丈夫ですよ。喫茶店は九時までに入れば間に合いますから、あと三時間はお話できます」
「はあ」
それでは、貴女が眠れないでしょ、と亀島は思いました。
「ここにしましょう」
二人は二十四時間営業のファミレスに入りました。
「実はですね、私、田舎の両親に彼女を紹介しなくてはならないのです」
「そうなんですか」
普通の人なら、ここでピンと来るのですが、樹里は全く気づいていません。
「それで、あの、彼女の写真を送ったのですが、それがこれなんです」
亀島がテーブルの上に置いたのは、どう見ても樹里のスナップ写真です。
メイド服を着て掃除をしています。撮影場所は、大富豪の五反田氏の邸宅の庭のようです。
「ああ、この人、私によく似ていますね」
樹里は笑顔全開でボケて来ます。亀島は苦笑いをして、
「いえ、それは貴女なんですよ、御徒町さん」
「そうなんですか」
樹里はまだ気づいていないようです。
「それでですね、来週両親が東京に出て来るので、その時だけ彼女のフリをして下さい、お願いします!」
亀島は頭をテーブルにこすりつけるようにして言いました。
「その時だけでいいのですか?」
樹里の言葉に、亀島は顔を上げて、
「はい。ご迷惑でしょうが、頼みます。助けて下さい」
「そうなんですか、その時だけなのですか……」
何故か困った顔で言う樹里を見て、亀島の鼓動は急速に速くなりました。
「え? それって、どういう意味ですか?」
亀島はドキドキして尋ねました。
「その時だけ彼女になるのは難しいです。もう少し長く彼女ではダメですか?」
「ええ!?」
亀島は妄想が暴走して、耳がおかしくなったと思いました。
(まさか、御徒町さんは本当は私の事を……?)
「も、もちろん、いいですよ。長く彼女でいて下さい」
「はい」
樹里は笑顔全開で言いました。亀島はもういつ死んでもいいと思っていました。
「良かったです。その時だけ彼女ですと、ご両親が帰る時は彼女ではないのですよね。それは難しいです」
「……」
やはり自分の早合点だと気づいた亀島でした。
(それでもいい。例え一瞬でも御徒町さんと恋人になれるのなら)
亀島は本気でそう思いました。ここまで来ると、重症です。
ところが数日後、意外な展開が待ち受けていました。
「ああ、馨か? 母ちゃんだ。おめえ、嘘吐いてどうするんだよ。あの女の子は、彼女じゃねえらしいな。何考えてるんだ、おめえは。親をバカにすんな」
母親が怒りの電話を入れて来たのです。
「東京には行かねえぞ。こんなバカな息子だとは思わんかったわ」
亀島はショックで声が出ません。
「おめえのようなひょうろく玉が、あんなベッピンさんを彼女にできるわけねえって思って、昨日警視庁に電話してみたんだ。そしたら、あの子は違う人の彼女だって聞いたぞ」
犯人がわかりました。亀島は怒りに震えました。
(杉下さん! 何て事を!)
しかし、更に意外な展開が待ち受けていたのです。
「何でも、捜査一課の加藤警部の婚約者だそうだな? おめえ、上司にまで迷惑かけて、どういうつもりだ?」
亀島は訳がわからなくなってしまいました。
「誰がそんな事を?」
亀島は震える声で尋ねました。
「女の人だよ。神戸さんて人だ」
犯人は女。意外な結末でした。