樹里ちゃん、自宅に帰る
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
樹里は先日、無事に第三子である乃里を出産しました。
その時、不甲斐ない夫である杉下左京が、その不甲斐なさに輪をかけ、数多くの人達に多大なる迷惑をかけたのは気の毒なので内密にしようと思っている地の文です。
「内密にしてねえじゃねえか!」
約束は破るためにあるものだという格言を生み出した地の文に切れる左京です。
しかし、例えその事が明るみにならなくても、左京が不甲斐ない夫の世界一位である事は不動の事実だと断言する地の文です。
「ぬくうう……」
地の文に反論の余地がない事を言われ、息も絶え絶えになる左京です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
長女の瑠里と次女の冴里はいつにも増してハイテンションで笑顔全開です。
取り分け、冴里は自分の妹が生まれたので、瑠里以上に興奮状態です。
「左京さん、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
樹里は乃里を抱いているにも関わらず、深々と頭を下げました。
樹里は病院を退院して、無謀にも左京が待つ自宅に帰ってきたのです。
何の役にも立たない左京がいる自宅より、母親の由里と姉の璃里がいる実家の方が何かと安心だと思う地の文です。
「ふぐわあ……」
ほぼ致命傷的な事を言い放った地の文のせいで悶絶して倒れる左京です。
「ママ、のりはねてるの?」
瑠里が目をキラキラさせて尋ねました。
「はい、寝ていますよ。ですから、静かにしてくださいね、瑠里、冴里」
樹里は笑顔全開で眠っている乃里の顔を瑠里と冴里に見せました。
「はい、ママ」
「あい、ママ」
瑠里と冴里は奇妙なダンスを踊りながら応じました。
保育所の男性職員の皆さんによると、今度は喜びのダンスを教わったのだそうです。
そして、これで保育所関連のお話は終わりだと宣言する地の文です。
「酷過ぎるー!」
どこかで揃って雄叫びを上げる男性職員の皆さんです。
でも、今回は話題にすら上らないもう一組の変態集団の人達よりは上等だと思う地の文です。
どこかでその人達が抗議の声を上げているようですが、それすらお伝えはしない地の文です。
「そうなんですか」
「そうなんですか」
「しょーなんですか」
「そうなのかね」
それにも関わらず、樹里と瑠里と冴里に加え、樹里の父親である赤川康夫は笑顔全開で応じました。
そして樹里達は家の中に入りました。
すでに時刻は午後四時を回っているので、暇な探偵事務所の所長である左京は仕事はおしまいです。
というか、ここ何日か、得意の猫探しの依頼すらないので、毎日が日曜日です。
「ぶへえ……」
口から血を吐きそうなくらいの話をされ、四つん這いになってしまう左京です。
「でも、一応五時までは事務所にいますねえ」
無給で働いてくれている所員の斎藤真琴は笑顔全開で告げました。
「すまないねえ、真琴ちゃん」
左京はゴホゴホと咳き込みながら応じました。まるで時代劇の長屋のおとっつぁんと娘みたいだと思う地の文です。
すると冴里がツカツカと真琴に歩み寄り、
「まことしゃん、もうすこししたら、さーたんがパパのおてつだいするね」
対抗意識剥き出しの顔で告げました。
(冴里……)
左京は冴里の健気さに感動し、涙を流しました。
「そうなんだあ、さーたん。いつからパパのお手伝いするの?」
真琴はしゃがみ込んで冴里の頭を撫でました。すると冴里は、
「おっぱいがおおきくなったらね」
笑顔全開でとんでもない事を言ったので、真琴は唖然としました。
左京は引きつり全開ですが、
「そうなんですか」
「そうなんですか」
「そうなのかね」
樹里と瑠里と康夫は笑顔全開で応じました。
「パパはね、おっぱいがおおきいおんなのこがすきなんだよ」
更に瑠里がその上をゆくトンデモ発言をぶちかましました。
「そ、そうなの?」
真琴はさすがにビクッとして左京を見ました。
「誤解だよ、真琴ちゃん。小さい子の言う事を真に受けないでよ」
左京は意識が飛びそうなくらい衝撃を受けていましたが、何とか弁明しました。
「そうなんですかあ?」
訝しそうな目で左京を見る真琴です。
左京は嫌な汗を掻きつつ、苦笑いをして誤魔化そうとしました。
「そうなんですか」
「そうなのかね」
「しょーなんですか」
樹里と康夫と冴里は笑顔全開で応じました。その時、突如として乃里が目を覚ましてまさに火が点いたように泣き出しました。
「お腹が空いたのですね」
樹里は手馴れた動きでササッとマシュマロを出して乃里に授乳しました。
「おお!」
それを見た真琴は、
「なるほど、確かに所長はおっぱいが大きな女性が好きみたいですね」
微笑んで左京を見たので、左京はホッとしました。
「私も赤ちゃん産みたくなっちゃった」
真琴がボソリと言ったので、
「そうなんですか」
左京は引きつり五割増しで応じました。
「誰か好い人いないですか、所長?」
真琴は左京の腕を掴んで胸を押し付けました。
「け、警視庁時代の後輩にちょうど釣り合いそうな男がいたような気がするよ」
左京はさり気なく真琴の無意識のおっぱい攻撃を退けて告げました。
「そうなんですか」
次の瞬間、授乳を終えた樹里が笑顔全開で左京を見たので、左京はビクッとしました。
(樹里はそんな事で怒ったりしないけど、見られなくてよかった)
そう思ってホッとしていると、
「左京さん、鼻の下が伸びていますよ」
笑顔全開で樹里に指摘されたので、失神しそうになる左京です。
めでたし、めでたし。