樹里ちゃん、第三子を出産する
祝・百万字超え☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
但し、今は産休中です。そして、不甲斐ない夫である杉下左京を思い遣って、有給休暇にしてもらいました。
「ううう……」
冒頭から暴投並みの地の文の攻撃に項垂れてしまう左京ですが、全て真実なので何も反論できません。
「くうう……」
地の文の容赦のない追い討ちが更に左京を苦しめます。
こんな地獄のような生活を続けるくらいなら、樹里と離婚して女性弁護士のヒモになった方がずっと楽だと思う地の文です。
「樹里とは離婚しねえし、あの弁護士先生とはそういう関係じゃねえよ!」
地の文の正確無比な推理と分析にいちゃもんをつける左京です。
なるほど、彼女とは遊びだったという事ですね?
「それも違う! あの先生とはクライアントと探偵の関係以外は何もねえよ!」
あくまでも自分は浮気をした訳でも火遊びをした訳でもないと言い張る左京です。
「そうなんですか」
それでも心優しい樹里は笑顔全開で応じました。
「ひいい!」
地の文とのやり取りを全て樹里に聞かれていたのを知り、左京は遂に観念して離婚届にサインしました。
「観念もしてねえし、離婚届にもサインしねえよ!」
どうしても樹里と別れたくない左京は理不尽に地の文に切れました。
「うう……」
そのせいでしょうか、樹里が呻き声を上げてソファの肘掛けに寄りかかりました。
「樹里、どうした?」
左京は蒼ざめて樹里に駆け寄り、声をかけました。
「陣痛が来ました。生まれそうです」
樹里はそれでも笑顔全開で告げました。
「な、何だって!?」
そういう事に関しては子供並みの対応能力しかない左京は慌てふためきました。
「ママ、どうしたの? ポンポンいたいたいなの?」
園児服に着替えた長女の瑠里と次女の冴里が心配そうな顔で樹里に尋ねました。
「大丈夫ですよ、瑠里、冴里。乃里がママのお腹の中で元気良く動き回っているだけですから」
樹里は笑顔全開で答えました。
「そうなんですか」
瑠里と冴里は笑顔全開で応じました。乃里というのは、第三子にすでに付けられている名前です。
御徒町一族は完全なる女系家族なので、妊娠がわかった段階で名付けられているのです。
「と、とにかく救急車……」
左京がスマホを取り出してかけようとすると、
「基本的に陣痛や出産では救急車は呼んではいけません、左京さん。大丈夫ですから、病院まで連れて行ってください」
樹里は痛みに堪えながら言いました。
「そうなんですか」
左京は樹里の口癖で応じましたが、運転をする自信がありません。
「ダメだ、樹里、俺、冷静になれないよ」
どこまでもダメ夫だと思う地の文です。
「うるせえ!」
そんな地の文には切れる心の余裕がある左京です。
「そうなのかね」
そこへ樹里の父親である赤川康夫が来ました。
「お義父さん、申し訳ありませんが、樹里を乗せて病院まで行ってもらえないでしょうか?」
左京は震える手で車のキーを差し出しましたが、
「私は免許を持っていないんだよ、左京君」
康夫は笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
引きつり全開で応じる左京です。
「璃里お姉さんに連絡を取ってみてください」
遂に樹里は立っていられなくなったのか、ソファに腰を下ろして言いました。
「わかった」
左京はまだ震えている指でスマホを操作しましたが、璃里は出ません。
「お義母さんは?」
左京が樹里に尋ねました。
「免許を持っていません」
樹里は辛そうに笑いながら言いました。左京は考えました。
(ありさと蘭は免許を持っているけど、ありさも臨月で運転は無理だ。蘭は殺人事件の捜査で忙しいから無理だし)
貴方が冷静さを取り戻して運転すれば済む話だと思う地の文です。
「ううう……」
そうしたいのは山々ですが、手の震えと膝の笑いが収まらない左京です。
「おはようございまあす」
そこへ呑気な声で現れたのは杉下迷探偵事務所の所員の斎藤真琴でした。
「ああ、真琴ちゃん、運転免許持ってる?」
涙ぐんだ顔で真琴に縋り付く左京です。
「持ってますよ」
真琴は笑顔全開で応じました。左京は狂喜してもう少しで真琴に抱きつきそうになりましたが、樹里が見ているので辛うじて踏み留まり、
「それなら、頼みがあるんだ。樹里を乗せて、病院まで連れて行って欲しいんだよ」
「いいですよ」
真琴はあっさりと快諾してくれました。
「でも、私、車を持っていませんよ」
真琴がそう言い添えたので、左京は苦笑いして、
「大丈夫だよ。俺の車を運転して欲しいんだ」
「でも、私、オートマチック車限定の免許ですよ。所長のはマニュアル車ですよね?」
真琴は笑顔全開で言いました。そのせいで固まってしまう左京です。
「タクシーを呼んでください、左京さん。もう生まれてしまいそうです」
樹里が言ったので、真琴が驚いて、
「ええ!? 樹里さん、生まれそうなんですか? なのにどうして所長が運転して連れて行かないんですか?」
非難の眼差しで左京を睨みつけました。左京はもう少しで漏らしてしまいそうになりました。
「あれ?」
その途端、手の震えが止まり、膝の笑いも収まりました。
どうやら仮病だったようです。
「違うよ!」
真実を言い当てたはずの地の文に切れる左京です。
「樹里、俺が乗せて行くよ」
左京は樹里の顔を覗き込んで告げ、
「斎藤さん、事務所を頼むよ」
そして次に康夫を見て、
「お義父さん、瑠里と冴里を保育所に連れて行っていただけますか?」
「そうなのかね」
康夫は笑顔全開で応じました。左京は瑠里と冴里を見て、
「瑠里、冴里、お祖父ちゃんの言う事を聞いて、いい子で行くんだよ」
「はい、パパ」
瑠里と冴里は笑顔全開で応じました。
「さあ、行こう、樹里」
左京は康夫と真琴に手伝ってもらい、樹里を車に乗せました。
「左京さん、慌てなくていいですよ」
樹里が笑顔全開で告げました。
「そうなんですか」
左京は引きつり全開で応じましたが、無事に車は発進し、病院へと向かいました。
その間に樹里が病院に連絡を取り、準備を依頼しました。
「樹里さん、こっちよ!」
病院の車寄せに到着すると、そこにはいつもの樽さん、いえ、垂井さんがいて、ストレッチャーを用意していました。
「お世話になります」
左京は樹里を車から降ろして、ストレッチャーに載せるのを手伝いました。
「ありがとうございます、左京さん」
樹里が涙ぐんでお礼を言ったので、
「俺は樹里の夫だよ。当たり前の事さ」
目一杯気取って応じましたが、その当たり前の事ができないところだったのはしっかり記憶に留めて欲しいと思う地の文です。
「くふうう!」
地の文の直球の指摘に悶絶する左京です。
樹里は無事に第三子を出産しました。
名前はもちろん、「乃里」です。
めでたし、めでたし。