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樹里ちゃん、久しぶりに殺人事件を解決する

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドですが、現在は産休中です。


 但し、有給休暇なので、不甲斐ない夫の杉下左京に全く仕事がなくても大丈夫です。


「くうう……」


 冒頭から致命傷に近い衝撃を与えられて、四つん這いになる左京です。


「そうなんですか」


 樹里はもうすぐ出産の身体にも関わらず、笑顔全開で応じました。


 その笑顔が更に左京を追い込みます。


(頑張って仕事を取って来なくちゃ)


 左京は心の中で思いました。


 そうですね。仕事を取らないと、美人で巨乳の所員の斎藤真琴に愛想を尽かされてしまいますからね。


「斎藤さんは関係ねえよ!」


 疑い深くて執念深い地の文に切れる左京です。


 そうでしたね。真琴はお金に困っていないので、貧乏な左京から給料をもらおうなどとは思っていないのでしたよね。


「ふぐう……」


 この事実も左京には致命的なものでした。知っていて指摘した底意地の悪さなら◯◯◯にも負けない地の文です。


「パパ、はやくしないといっちゃうよ」


 長女の瑠里がほっぺを可愛く膨らませて仁王立ちで言いました。


「パパ、はやくちないといちゃうよ」


 次女の冴里もお姉ちゃんの真似をして言いました。


「わかったよお、瑠里、冴里」


 左京は可愛い娘に言われて、気持ち悪い程デレデレしました。


 通報した方がいいと思う地の文です。


「何でだよ!」


 過剰反応をした地の文に切れる左京です。


 しかし、左京の気持ち悪い顔を瑠里と冴里に見せるのは、ある意味児童虐待だと思う地の文です。


「俺の顔は暴力か!」


 更に切れる左京ですが、そろそろ出番は終了です。


 左京はまだ絡みたい地の文を無視して、瑠里と冴里を連れて保育所に向かいました。


「行ってらっしゃい」


 樹里は笑顔全開で見送りました。


「ワンワン」


 ゴールデンレトリバーのルーサも元気良く吠えました。


 樹里はルーサに餌をあげると、家の中の掃除を始めました。


 アメリカから帰国した父親の赤川康夫は、樹里の母親の由里の家に行っています。


 由里の現在の夫の西村夏彦とすっかり意気投合して一晩中飲み明かしたようです。


「只今」


 するとそこへ召使いの左京が帰ってきました。


「夫だよ!」


 立場を正確に表現した地の文に理不尽に切れる左京です。


 ならば、少しでも夫らしいところを見せてください。


「ううう……」


 そう言われると一言もないダメ夫です。


 するとその時、探偵事務所のインターフォンが何故か鳴りました。


「どうして何故かなんだよ! 普通の事だろ!」


 喜びを隠し切れない顔にも関わらず、地の文に切れてみせる左京です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開でインターフォンに出ました。


「ありがとうございます、杉下左京探偵事務所です」


 すると相手が何かを言いました。


「畏まりました。少々お待ちください」


 樹里は受話器を戻して左京を見ました。物欲しそうな顔の左京が尋ねます。


「仕事か?」


「はい」


 樹里は笑顔全開で応じました。左京はガッツポーズを決めて、


「よし!」


 雄叫びをあげ、すぐさま事務所へと続く渡り廊下を走りました。


 そして……。


「何だよ、蘭かよ」


 左京は事務所の玄関のドアを開いて、開口一番言いました。


「何だよはご挨拶ね。折角捜査協力の依頼をしに来たのに。他を当たるわね」


 蘭はムッとして踵を返しかけました。


「あああ、違う違う! いつもありがとうございます、平井警部。どのような内容でしょうか?」


 まるでご用聞きのようにヘコヘコして揉み手をしながら蘭を中に誘導する左京です。


「どうぞ」


 先回りをしていた樹里がすでにお茶を淹れていて、蘭に出しました。


「ありがとう、樹里」


 蘭は樹里にお礼を言って茶碗を受け取り、ソファに座りました。


「実は、大手芸能事務所の社長が撲殺されたの」


 蘭はお茶を一口飲んでから言いました。


「そうなんですか」


 樹里と左京は笑顔全開で応じました。蘭は呆れ顔で、


「それで、社長は即死ではなかったのよ」


「なるほど。それで?」


 まだ揉み手をしながら左京は尋ねました。蘭は茶碗をテーブルに置いて、


「死の間際にその場にいたのは秘書の女性と社長の長男だったのだけれど、社長が言い残した言葉が意味がよくわからないのよ」


「外国語だったのか?」


 左京が鉄板のボケを言いましたが、


「ボインボインて言って息絶えたらしいの」


 蘭は左京を無視して、樹里を見て言いました。


「そうなんですか」


 樹里は殺人事件にも関わらず、笑顔全開のままで応じました。蘭は顔を引きつらせて、


「その芸能事務所は主にグラビアアイドルがたくさん所属しているので、胸の大きなタレントはそれこそ掃いて捨てるほどいるのよ」


 左京はようやく真顔になり、


「なるほど。で、社長は所属タレントに恨まれている事はないのか?」


「それがあり過ぎて絞り込めないのよ。何しろ、人使いが荒い上に給料が安いので、不満のあるタレントはたくさんいるようよ」


 蘭は肩をすくめて言いました。


「そのタレント達の写真とかはないのか?」


 早速エロ左京が登場して、水着の写真を見たがりました。


「誰も水着の写真を見せろとは言ってねえだろ!」


 先読みをした地の文に切れる左京です。蘭は白い目で左京を見つつ、


「あるわよ。所属タレントの名鑑がね」


 バッグからA4サイズの製本された冊子を取り出して、左京に渡しました。


「おお、この事務所、江藤真理子がいるのか? それに磯村さおりもいるじゃないか! おお、木下若菜もいるんだな。凄いな、有名どころのグラドルが揃い踏みじゃないかよ……」


 そこまで言って、蘭がドン引きしているのに気づき、嫌な汗を額から垂らす左京です。


「そうなんですか。左京さんはグラビアアイドルに詳しいのですね」


 全く他意なく樹里が笑顔全開で言ったので、左京は蒼ざめました。


「あはははは、それ程でもないよ、樹里」


 嫌な汗が滝のように噴き出し、もうすぐ脱水症状になりそうな左京です。


「ちょっといいですか」


 樹里は左京から名鑑を受け取り、写真を見ました。


「有力なのは最古参の江藤真理子ね。噂では、社長の愛人だったらしいから。それから次に怪しいのは、最近、バラエティで引っ張りだこの磯村さおりね。それから……」


 蘭がそこまで言った時、


「この人が犯人ですよ、蘭さん」


 樹里が笑顔全開で指差したタレントの写真を見せました。


「え?」


 左京と蘭はほぼ同時にそれを見ました。さすが元彼と元カノだと思う地の文です。


「それは関係ねえだろ!」


 またしても見事にハモって切れる左京と蘭です。


「遠藤あやか? どうしてよ、樹里?」


 蘭は寄る年波のせいか、樹里の名推理が理解できないようです。


「うるさいわね!」


 正しい事しか言っていない地の文に切れる蘭です。


「所属タレントの中で、その人だけがボインボインなんですよ」


 更に天才的な分析を繰り出す樹里ですが、蘭と左京は凡人なので、全く意味がわかりません。


「どうしてだよ、樹里。確かに遠藤あやかちゃんは赤丸急上昇中の新人だけど、あまりボインボインではないよ……」


 左京はまたしても蘭が引いているのに気づき、嫌な汗を噴き出しました。


「ああ、わかった!」


 ようやく凡人の蘭が真相に気づきました。


「遠藤あやか。つまり、社長が言いたかったのは胸の大きさではなくて、イニシャルだったのね! 彼女だけが名字も名前も母音で始まっているわ」


 蘭は立ち上がって大声で言いました。


「そうですよ」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「ありがとう、樹里! 後で捜査協力費を振り込むから!」


 蘭は名鑑をバッグに放り込むと、お茶をグッと飲み干して、凄まじい勢いで事務所を出て行きました。


「おはようございまあす」


 そこへ斎藤真琴が入れ違いで入ってきました。


「さっき出て行った人、平井警部ですよね? 何があったんですか?」


 真琴はキョトンとして尋ねました。


「樹里が事件を解決したのさ」


 苦笑いして答える左京です。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開、真琴はキョトン全開で応じました。


 


 めでたし、めでたし。

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