樹里ちゃん、父親と再会する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
只今、樹里は産休中ですが、有給休暇なので夫なのに無職同然の自称私立探偵の杉下左京も安心です。
「くうう……」
致命傷になりかねないような痛いところを突かれた左京は、成田空港に向かう車の助手席で悶絶しました。
「そうなんですか」
それにも関わらず、樹里は抜群のドライビングテクニックでハンドルを切りながら笑顔全開で応じました。
(それでもいい。樹里は俺の事を愛してくれているんだ。お義父さんよりも!)
左京は、樹里が社交辞令で言った言葉を信じて涙ぐみました。
「そんな事はない! 樹里はそんな人間じゃない!」
血の涙を流して、地の文の推理を真っ向から否定する左京です。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
「もうすぐ着きますよ、左京さん」
樹里が言いました。
「お、おう」
左京はシートベルトのねじれを直しながら言いました。
「お父さんに会えるのも嬉しいですけど、左京さんと二人きりで出かけられたのはもっと嬉しいです」
樹里は少し顔を赤らめて言いました。
「そうなんですか」
左京はそれ以上に顔を赤らめて、樹里の口癖で応じました。
やがて、二人を乗せた車は空港近くの駐車場に到着しました。
左京は臨月間近の樹里を気遣いながら、空港へと歩きました。
(身重の樹里に運転してもらうなんて、俺は男としてどうなのだろうか?)
かなり落ち込みながら歩く左京です。本当にそう思っているのなら、早く離婚届にサインをするべきだと思う地の文です。
「絶対しねえよ!」
地の文のいつものジョークに激ギレして応じる相変わらず心が四畳半より狭い左京です。
そして二人は無事に空港の到着ロビーに辿り着きました。
「もうすぐですね」
樹里はロビーにある時計を見て言いました。到着予定時刻の六時まであと五分です。
左京は樹里を椅子に座らせ、自分は床に寝転がりました。
「寝転がらねえよ! 並んで座ったよ!」
地の文の捏造に切れる左京です。
「左京さん、静かにしてくださいね」
樹里が真顔で注意したので、
「はい……」
泣きそうな顔で返事をする左京です。
(樹里、時々すごく怖い)
そして、左京はようやく離婚する決意をしました。
「そのくらいで離婚を決意するか!」
地の文の誘導には乗らずにまた切れる左京です。
「左京さん」
樹里が低い声で言ったので、左京はビクッとして、
「申し訳ありません」
会心の土下座で謝罪しました。
「お父さん!」
そんな左京の土下座を見る事なく、樹里はロビーに現れた父親の赤川康夫に駆け寄りました。
「樹里、元気そうだね。三人目が生まれるのか」
康夫は笑顔全開で言いました。
「はい、お父さん」
樹里は嬉しそうに康夫に寄り添いました。
「あ、お義父さん、お久しぶりです」
左京は即座に立ち上がり、康夫に駆け寄りました。
「久しぶりだね、左京君。樹里が幸せそうなので、ホッとしたよ」
康夫が言うと、左京と樹里は顔を見合わせて赤面しました。
「もちろん幸せですよ。左京さんがそばにいてくれますから」
樹里は康夫から離れて、左京と腕を組みました。左京は樹里の巨乳がムチッと当たったので、ドキッとしてしまいました。
相変わらずの変態ぶりを発揮していると思う地の文です。
「うるせえ!」
正確に状況を説明したはずの地の文に切れる左京です。
「はっ!」
我に返ると、樹里と康夫はロビーを出て、駐車場に向かっていました。
「樹里ー! お義父さーん!」
血の涙を流して二人を追いかける左京です。
「お義父さん、お疲れでしょう? 荷物を持ちますね」
左京は康夫が引いているスーツケースを持とうとしましたが、
「大丈夫かね、左京君?」
康夫が言いました。左京は苦笑いして、
「大丈夫ですよ」
康夫から取っ手を受け取りましたが、重くて持ち上げられません。
まるで如意棒みたいだな。左京は前前前世の事を思い出しました。
「思い出さねえよ!」
顔を真っ赤にしてスーツケースを引っ張ろうとする左京ですが、ビクともしません。
「すごいですね、お義父さん。こんなに重いスーツケースを片手で軽々と運んでしまうなんて」
左京は汗みどろになりながら、康夫に取っ手を返しました。すると康夫は、
「いや、これは盗難防止用の特殊なスーツケースでね。私以外が持つと通常の百倍のGが掛かるようになっているんだよ」
途轍もない種明かしをしました。
「そうなんですか」
引きつり全開で応じる左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「お父さん、日本にずっといられるんですよね?」
樹里が目をウルウルさせて上目遣いで尋ねました。
(樹里、可愛過ぎる!)
自分の奥さんに欲情する左京です。やっぱりど変態です。
「違う! 可愛いは正義なんだ!」
地の文の正論に意味不明な反論を試みる左京です。
「それは私にはわからないね。ずっといられるかも知れないし、すぐにアメリカに戻るかも知れないし」
康夫は樹里の頭を撫でながら応えました。
「やはり、大統領が交代したせいなんですか?」
左京は辺りを憚るような低い声で尋ねました。
「いや、私の日本支部への転勤は、昨年には決まっていたから、それは全く関係ないよ」
康夫は笑顔全開で教えてくれました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
左京はまたしても引きつり全開で応じました。
「お父さん、お母さんが待ち焦がれていますよ。早く行きましょう」
樹里が促すと、康夫は苦笑いをして、
「そうなのかね。でも、今のご主人に申し訳ないから、樹里の家に直接行きたいのだがね」
「そうなんですか? お母さんが寂しがりますよ」
樹里は悲しそうな顔で言いました。それを見た左京は、
(樹里はどんな顔をしても可愛い!)
また変態道まっしぐらな事を考えていました。
「それじゃあ、少しだけ顔を出そうかね」
康夫は笑顔全開で言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じましたが、
「そうなんですか」
修羅場を妄想してしまった左京は、更に顔を引きつらせて応じました。
めでたし、めでたし。