樹里ちゃん、父親を迎えにゆく
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今、樹里は産休中(有給休暇)です。しかも、実家に帰っています。
ヒモの杉下左京もホッとしています。
「ヒモじゃねえよ!」
事実関係を的確に表現したはずの地の文に切れる左京です。
では、お縄でしょうか?
「それじゃ捕まったみたいだろ!」
更に切れる左京です。では、結束バンドですか?
「もう意味がわからねえだろ!」
努力している地の文に理不尽に切れてしまう生活力が全くない左京です。
「ぐうう……」
名刀長船のような鋭さで切り込んだ地の文のせいで、虫の息になりかける左京です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開で応じました。
今日は裁判所の許しが出たので、左京は樹里に会いに来ました。
「離婚したDV夫じゃねえよ!」
事実をほんの少し捏造した地の文に切れる左京です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。左京はアタッシュケースの中から封筒を取り出して、
「アメリカにいるお父さんから手紙が届いた。樹里宛だから、そのまま持ってきたよ」
本当はしっかり中身を読んだのに平然と嘘を吐く左京です。
「開けてねえし、読んでねえよ!」
血の涙を流して地の文に抗議する左京です。
「そうなんですか」
樹里は封筒を受け取り、中身を取り出しました。
「左京さん、父が日本に戻ってくるそうです」
樹里が笑顔全開で告げたので、左京はビクッとしました。
「え? そうなの?」
樹里の父親の赤川康夫もさすが樹里の父というくらいの天然で、左京もいろいろとあったので、嫌な汗を掻いています。
「アメリカの大統領が代わったので、NASAの日本支部に転勤になるそうです」
樹里は笑顔全開で更に内容を教えてくれました。
「そうなんですか」
思わず樹里の口癖で応じてしまう左京です。
(とうとう日本人ですらアメリカにはいられなくなってしまうのか? ジョーカー大統領、恐ろしいな)
名前を間違えたのか、ボケたのか、左京は思いました。
「今日、成田に午後六時の便で帰国するそうです」
樹里は笑顔全開のままで、左京に便箋を手渡しましたが、左京は元猿なので、読めません。
「前前前世の話はやめろ! その振りは信長公記だけじゃなかったのかよ!」
大ヒット映画にあやかろうとした地の文に切れる左京です。
このお話は、面白ければ何でもしてしまう作者によって書かれているのでそんな約束事はすぐに反故にされると思う地の文です。
「いや、樹里、これ、英文だから、俺読めないよ」
左京は苦笑いして、樹里に便箋を返しました。
「そうなんですか? ローマ字ですよ」
樹里が首を傾げて言ったので、真っ白に燃え尽きそうになる左京です。
(何故わざわざローマ字で手紙を書いたのですか、お義父さん?)
左京は半泣き状態で心の中で康夫に問い掛けました。
しばらくすると、樹里の母親の由里が樹里の年の離れた三つ子の妹達と共に帰宅しました。
「お義母さん、お邪魔しています」
左京は由里に挨拶しました。すると由里は、
「もう左京ちゃんたら、私の事は由里って呼んでって、いつも言ってるでしょ。約束を破る子には、チュウしちゃうぞ」
いつも通り、過激な発言で応じました。
(相変わらずだな、由里さん……)
引きつり全開になる左京です。
「お母さん、お父さんから手紙が来たの」
樹里が康夫からの手紙を由里に渡すと、それを柱の陰から半身だけ出した由里の現在の夫である西村夏彦が見ていました。
「あら、康君から? ラブレターフロムアメリカ、ね」
ムフフと嬉しそうに受け取る由里を見て、夏彦は涙を流しました。
(怖いですよ、西村のお義父さん)
左京はそれを見てまた顔を引きつらせました。
「あらあら、六時って、もう時間がないわね。璃里に頼んで、警察のヘリで迎えに行ってもらおうか?」
楽しそうにとんでもない事を言い出す由里です。
「そんな事、出来る訳ないでしょ!」
途中から話を聞いていたらしい樹里の姉の璃里が割り込んできて、自由過ぎる母親を嗜めました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じましたが、由里は肩をすくめて言いました。
「左京さん、車を出してください。迎えに行きましょう」
樹里は由里のボケを完全に無視して、左京に命じました。
「ううう……」
命じられたつもりはなくても、事実上はそういう事なのは理解している左京は、大きく振りかぶって項垂れました。
「じゃあ、頼んだね、樹里。まずはここへ連れてきて。久しぶりだから、飲み明かしたいの」
頬を染めて恥ずかしそうに乙女のふりをする由里です。
「何だって!?」
口が過ぎた地の文にヤクザも逃げ出すガンを飛ばす由里です。地の文は全部漏らしてしまいました。
「では、行って参ります」
樹里は笑顔全開で応じ、左京と共に外へ行きました。
「左京さん、車のキーを貸してください」
「はい」
樹里のドライビングテクニックを十分知っている左京は、素直にキーを樹里に渡しました。
「抜け道全開で向かいますね」
樹里は笑顔全開でイグニッションを回してエンジンをかけ、クラッチを放してアクセルを踏み込むと、車をスタートさせました。
「うひ!」
決して樹里の運転は乱暴ではないのですが、左京は思わず呻いてしまいました。
「ナビだと、一時間半くらいだよ。間に合うかな?」
左京がスマホで調べて言うと、
「そうなんですか? そんなにかからないと思いますよ」
樹里は次々に渋滞を避け、信号待ちをかわし、たちまちのうちに千葉県へと入ってしまいました。
「凄いな、樹里。これなら、余裕で間に合いそうだ」
左京が苦笑いして告げると、樹里は、
「私、お父さんが大好きですから、早く会いたいんです」
左京はその樹里の発言の可愛さに感動して、
「そうかあ、樹里は俺よりお義父さんの方が好きなのかあ」
ちょっとかまってみました。すると樹里は顔を赤らめて、
「左京さんは愛しているのです。大好きより、ずっと上ですよ」
とうとう引っかかってしまった信号待ちの時、いきなりキスをしてきました。
「そうなんですか」
今度は左京が赤面全開です。
めでたし、めでたし。